49 中の人
「受け取ってあげなよ。喜ぶと思うよ」
「……え?」
俺が言うとソフィアは意外そうな顔をする。
「この人はソフィアを応援したいんだよ。
ただそれだけのことなんだと思う」
「そうなの? じゃぁ……」
ソフィアは恐る恐るジュースを受け取る。
色合い的にオレンジジュースだと思うのだが、どんな味がするんだろう?
「いただきます」
ソフィアはそう言って少しだけ口に含んだ。
そして……。
「うわぁ……あまぁい!」
途端に目を輝かせ、ほんわかした顔つきになる。
よっぽど気に入ったんだろうなぁ。
「へへへ……気に入ってくれてよかったよ」
「ありがとうございます。
こんなにおいしい飲み物はじめてです!
いくらお支払いすればいいですか?」
「いやぁ、お代は結構だよ。
さっきも言っただろ、サービスだってさ」
「でも……」
申し訳なさそうにするソフィアだが、素直にタダで飲ませてもらった方がいいと思うぞ。多分それ、お金払うとしたらすごくビックリする奴。
「ウィル様も飲む?」
「じゃぁ、一口だけ」
俺もそのオレンジ色の液体を飲むことにした。
一口含むと……やはりオレンジジュース。
ただし、とても味が薄い。
水で薄めたのか、それとも原材料の果実の糖度が低いのか。
どちらにせよ味気ない飲み物である。
これで金取るのかってレベルだけど……ソフィアの反応を見る限り、この世界ではとてもおいしいという評価になるらしい。
ううむ……いくらするのか考えるだけでも怖い。
一杯10リクはするんじゃないのか?
「おいしかったよ……」
「だよね! こんなおいしい飲み物はじめて!
おじさん、ありがとう!」
「へへへ、礼には及ばないよ」
中から照れくさそうな声が聞こえてくる。
本当にどんな人が入ってるんだろうな。
気になって仕方がない。
「残りはソフィアが飲みなよ」
「え? ウィル様はいいの?」
「これは君がもらったものだからね」
「そうだけど……」
俺に気を使っているのか、遠慮するソフィア。
まぁ……半分くらいは飲んでもいいかな。
「分かった、もう少しだけもらうことにするね。
それにしてもおいしい飲み物だよね……」
「うん! 私、大好き!」
ソフィアはすっごく嬉しそうに言う。
あんまり飲んだら悪いと思い、俺は少しだけ口をつけて彼女に返した。グラスを受け取ったソフィアはちびちびと飲み込んで味わいを楽しんでいる。
……かわいい。
そういえば……この箱の中の人ってどんな人なんだろうな。
姿が隠れているので頭の上の☆が見えない。
なので平均評価数が不明なまま。
お気に入り登録したら何か分かるかな?
俺は小声でステータスをオープン。
箱の中にウィンドウを向けるとメッセージが現れた。
『この人物をお気に入り登録しますか?』
……ふむ。
どうやら物体で遮られていたとしても登録が可能なようだ。
俺は「はい」を選択。
『コルド・クルークをお気に入り登録しました!』
……のメッセージ。
まんまな名前だな。
一覧には箱の姿が登録されている。
この箱は服扱いなのか?
総獲得ポイントは6852pt。
ではプロフィールを確認しようか。
『野太い声をしてはいるが、実のところかなりの美青年。名家の生まれではあるが、スキルがコントロールできなかったため、長い間、山奥の洞穴に放置されていた。アルベルトによって保護され英雄学校に通い始めるが、結局は力のコントロールが出来ずに孤立する。洞穴の中で人に見立てた岩に様々な声を当てて一人で会話していたら、色々な声を出せるようになった。ソフィアのことが好き。あと豚が嫌い』
……そうなの。
割とどうでもいい情報。
スキルの力のせいで苦労しているのはソフィアだけではなかった。色んな人が悩みを抱えているんだなぁ。
「……なに?」
「いや……」
俺の視線に気づいたソフィアはきょとんと首をかしげる。
まだジュースを飲み干していない。
この子は……幸せな方なのだろう。
かつて問題を起こして周りを混乱させてきたみたいだけど、今はこうして普通に暮らせている。
アルベルトの助けもあったのだろうが……。
少なくとも、箱の中にいる彼よりは、ずっとましな人生を送っているはずだ。
「ソフィアも苦労したのかなって」
「うん……それなりには」
それなりの範疇に収まるとは思えない。
彼女の部屋を見たらとても……。
「じゃぁ、そろそろ行こうか」
「うん……ごちそうさまでした!」
ソフィアは箱の中から延ばされた手にコップを返す。
ふと……ポイント評価のことを思い出した。
俺はタブをいじってスキルの項目を選択。
すると空白の星が五つ並んだ画面が表示される。
何気に……この機能を使うのはこれが初めて。
俺は一番右の星をタップ。
すると全ての星が黄色く輝き始めた。
『ポイント評価が完了しました』
☆の下にメッセージが現れる。
さらにその下に『了承』のボタン。
そのボタンをタップすると自動的にウィンドウが閉じた。
……なんだろうなこのスキル。
本当に役に立つのかどうか不明。
しかし……妙な不安を感じる。
本当に評価なんてして良かったのか?
俺は疑問に思いながらその場を後にした。