48 手動販売機
ぶぅぅぅぅん……。
妙な音を出す、大きな箱があった。
あれはもしかして……。
「えっと……あれなに?」
「自動販売機」
「……え?」
「自動販売機だよ」
そっかぁ。そう言うのもあるのかぁ。
すごいぞ異世界。
って、んなわけねーだろ。
この世界には電力をエネルギーとして使う概念はないはずだ。
では、あれは何を動力に動いているのか。
箱に近寄ってみる。
見た目は……ただの箱。素材はよく分からない艶々した物質。
何かを収納しておく箱なのかなって思ったけど、ソフィア曰くこれは自動販売機らしい。
しかし、ボタンはおろか、取り出し口すら見当たらない。もちろん、ディスプレイ商品の展示もない。
これが自販機だというのか?
「どんどんどん! すみませーん!」
突然、箱を叩きながらソフィアが声を出した。
……何をしているんだこの子は?
「喉が渇いたんですけどー!」
「何が飲みたい?」
中から野太い男の声が聞こえる。
これは……。
「冷たいのお願いしまーす」
「冷たいのしか出せないけどね」
「あっ、そう言えばそうでしたね」
「水でいいかい?」
「はい、いいです」
「じゃぁ、1リクもらうよ」
「はーい」
ソフィアはポケットからがま口財布を取り出し、銅貨一枚を手に取る。
箱には小さな観音開きの扉があり、そこから手が出て来た。
腕をすっぽりと覆う黒いグローブを身に着けている。なんの素材でできてるんだろうか?
彼女は銅貨をその手の上に置く。
リクと言うのはこの世界の通貨単位らしい。
「……まいど」
手が箱の中に引っ込むと、中から何かを注ぐ音が聞こえる。
しばらくすると水が注がれたガラス製のコップが中から差し出された。
「ありがとう。ウィル様、どうぞ」
「うっ……うん」
突然、こんなもの渡されても素直に飲む気になれないのだが……せっかくだからごちそうになるか。お金だって払ってもらったし……。
恐る恐る口をつけると……特に言うことはない、普通の水だ。
格別においしいわけでも、取り分けてまずいわけでもない。
フツーの冷たい水。
だが……こんなところで冷たい水が飲めるなんてな。
ちょっと驚きだ。
中に人が入っていることに疑いの余地はないが、どういう仕組みで冷たくしているのか気になる。
「なぁ……この箱の中の人って……」
「うん、冷気属性のスキルの持ち主だよ」
やっぱり……そう言うことか。
中に人がいるってことは、全然自動じゃないな。
普通に手動販売機じゃねーか。
まぁ……喉が潤ったから何でもいいけどさ。
「飲み終わったらグラス返して」
「あっ、すみません」
箱の中から延ばされた手にグラスを戻す。
すぐに引っ込んで扉が閉じてしまった。
「なぁ……中の人って、ずっとここで暮らしてるのか?」
「そんなまさかぁ!」
ですよねー。
ソフィアによると、中の人は誰も見ていない時にこっそりと外へ出て、休憩や食事をしているらしい。どんな人が入っているのか全くの謎だとか。
手動販売機の中の人はソフィアのようにスキルの力がコントロールできず、身体からは常時冷気が放出されている。
そのため、まっとうな職にはありつけず、こんな仕事をしているのだとか。
……ちょっと可哀そう。
この箱は特製品で、外へ冷気が逃げないようになっている。
中の人がどんなに力を暴走させたとしても迷惑がかからない。
これも魔法科の生徒が作ったそうな。
「魔法科の生徒が設備のメンテナンスをしてくれるから、
この箱が壊れたとしてもすぐに修理してもらえるし、
予備の箱もあるから安心なんだって」
「……そうなんだ」
魔法科の生徒って優秀な人が多いのかな?
彼らに対する見方が少し変わった。
こんな風にスキルをコントロールできない人にとっては、魔法科の生徒たちは神様みたいなものだろう。
「もしかしてだけど……ソフィアの部屋も?」
「うん、ここの生徒に作ってもらったの」
そうか……あれもか。
もっとまともな物作れないのかとか思ってたけど、この箱のおっさんを見たらまた印象が変わる。
スキルの暴走って俺が思っていた以上に深刻な問題らしい。
自分で自分の力をコントロールできなかったら、こんな風に社会から隔離されてしまうのだ。箱に入らなくて済むぶん、ソフィアはまだマシかもな。
箱の中のおっさんも、本来なら人と関わらずにどこか一人で身を隠さなければならなかった。
だが……魔法科の生徒たちのおかげで、なんとか人の群れの中で暮らせている。
彼にとってこの箱は監獄ではなく、むしろ人との繋がりを保つための手段なのだ。ここから出たら誰とも関われなくなってしまう。
だから……こんな狭い箱に閉じ込められても、彼は文句を言わずに働き続けるのだ。
冷たい飲み物を提供する販売員として。
「そっか……魔法科の生徒ってすごいんだな」
「うん、本当にすごいと思う。
私がこんな風に外へ出て生活できるのは、
アルベルトさまと魔法科のみんなのおかげだね」
「魔法科の生徒とは仲がいいの?」
俺が尋ねると彼女は首を横に振る。
「みんな……私が怖くて避けてるみたい」
「……そうなんだ」
やっぱり怖いもんは怖いか。
まぁ……仕方ないよな。
俺だって怖いし。
きぃ……。
観音開きの扉が開いて、中からオレンジ色の液体が入ったコップが出て来た。
「え? どうしたんですか?」
「ソフィアちゃんにはいつもお世話になってるからな。
サービスだよ、受け取ってくれ」
「でも……」
「いいから、いいから」
どうやら箱の中の人はソフィアがお気に入りらしい。
同じように力をコントロールできない仲間として、シンパシーでも感じているのかもな。
「ええっと……」
気まずそうに俺を見るソフィア。
受け取っていいのか迷っているようだ。
こんな時は……。