46 霧使いの男
「まだ授業中なんだが?
昼休みにはまだ早いんだが?
校則違反なんだが?」
大柄の黒髪短髪の不良みたいな風貌の男が、肩をいからせてこっちへ歩いてくる。
この学校の男子生徒はネクタイをつけているのだが、その男は何もつけず、ワイシャツのボタンをはずして胸をはだけさせていた。
覗いた褐色肌の胸元はガッチガチ。
典型的な脳筋タイプのキャラクターだ。
授業中にほっつき歩いてるのはお前も同じだろと、思わず心の中で突っ込んでしまう。
「すみません……今日来たばかりなもので……。
この学校の勝手がわからず、ご迷惑をおかけしました。
申し訳ありません」
俺はぺこりと頭を下げる。
「あっ? 誰だお前……見ねぇ顔だな」
出た! 『見ない顔だな』のセリフ。
よく聞くけど実際に言われることのない言葉の筆頭。
実際に耳にするとは思わなかった。
男は身長が高く、こちらが見上げる感じになってしまう。
見下ろされると威圧感が半端ない。
「僕の名前はウィルフレッド・フォートン。
マイスさんの付き人をしています」
「あ? マイス? ああ……あの」
マイスを知ってるのか。
もしかしてあの子、結構な有名人?
「マイスを知ってるんですか?」
「まぁ……この学校のツートップだからな」
「ツートップ?」
「ほら、テメェの横にいるソフィアさまと、
肩を並べられるほどの実力者ってことだ」
「へぇ……」
ソフィアと同レベルの実力者。
ってことは英雄学校には、この二人以上に強い生徒はいないのか。
って……なんで様づけ?
「ええっと……ソフィア“さま”?」
「あ? 俺が何か変なこと言ったか?」
「いえ……」
こんな奴が様づけ基本とか、どんだけソフィア強いの?
「あの……ソフィアさま。
勝手に部外者入れられたら困りますよ。
会長になんて報告すれば……」
「ウィル様を学校に連れて来たのはマイスだよ。
私じゃないんだからね」
「え? そうなんすか?
なら……いいっすけど……」
案外、素直に引き下がる男。
コイツ……見掛け倒しか?
「あの……すみません」
「なんだ?」
「お名前をうかがっても……」
「良いぜ、教えてやる。
俺の名前はゴッツ。
ゴッツ・ブリンツ。
この学校で風紀委員長を務めている」
袖をまくり右腕で力こぶを作るゴッツ。
筋肉を自慢したかったのだろうか?
「あの……ゴッツさん。
僕は学校の勝手が分からなくて……。
また何か迷惑をかけてしまうかもしれませんが、
大目に見てもらえないでしょうか?」
「おう、構わないぜ」
なんだ……割と話せるな。
問答無用で襲ってくるタイプかと思ったが、どうも違うらしい。
彼の評価は3.9。
そこそこ高い評価ではある。
まぁ……風紀委員長を務めるような人が、低評価であるはずがない。生徒たちからの信頼も厚いんだろうな。
「よかった、ウィル様に何かしようとしたら、
消し炭にしなくちゃって思ってたから」
「物騒なこと言わないで下さいよ、ソフィアさま。
俺がアンタに敵うはずないでしょう。
あんまり弱い者いじめしないでください」
「ふんっ!」
ゴッツは弱弱しいトーンで訴える。
この人、どんだけソフィアのこと怖がってるんだ?
制服の色からして、彼も英雄科らしい。
持っているスキルはなんだろうな?
「ゴッツさんはどんなスキルを持ってるんですか?」
「俺か? 俺が持ってるのは『濃霧』だよ」
「え?」
「あ? 何か文句あんのか?」
随分とキャラ性に似つかわしくない能力だ。
名前のまんまな能力だと使い道が限られるだろう。
「いえ……別に。どんな能力なんですか?」
「名前の通りだ。霧を発生させられる。
濃さも自由自在に調整できるんだ。
割と便利な能力だぞ」
「そうですか……」
よくよく考えてみたら、霧をいつでも作れるのって便利かも。敵から自軍の姿を隠せるわけだから。
まぁ、そんなスキルじゃソフィアには対抗できないわな。
「使ってるところを見せてやろうか?」
「あっ、いえ……結構です」
「んだよ……せっかく披露してやろうと思ったのに……」
残念そうにするゴッツ。
この人も愉快な性格してるな……。
「じゃぁ、俺はこれで行くけどよ。
何か困ったことがあったら言ってくれや。
助けになれるかもしれねぇ」
「あっ……ありがとうございます」
ゴッツはくるりと回って背中を向ける。
ここぞとばかりにステータスウィンドウを開く。
「ねぇ、どうしてステータスなんか……」
「しっ」
俺はソフィアの唇に指をあてて黙らせた。
やけどしそうなくらい熱かった。
ステータス画面を開いたら、すぐにメニューアイコンをタップして、お気に入り登録のタブを選択。
ゴッツをお気に入り登録する。
すると、ディフォルメされた彼の絵と名前、そして総獲得ポイントが表示される。
彼のポイントは4561pt。
まぁまぁの数値だな。
プロフィールも見ておこう。
ゴッツ・ブリンツ。
スキル『濃霧』。
その下には彼のプロフィールが書かれている。
「……え?」
あまりに衝撃的な内容に言葉を失う。
そこには……。




