42 馬車の中で
馬車に揺られながら外の風景を眺める。
平坦な土地には視界いっぱいに畑が広がり、麦が風に揺られている。
あちこちで農夫の姿を見かけた。
どうやら収穫に精を出しているようだ。
この国は涼しい気候で過ごしやすく、蒸し暑さも感じない。
避暑地にはもってこいだな。
「…………」
さっきから向かいに座っているマイスが落ち着かない。
俺を見ながらずっとそわそわしている。
……何か聞いて欲しそうだな。
とりあえず、何を尋ねるか選択肢を用意しよう。
1 英雄学校ってどんなところ?
2 仕事って具体的に何をすればいいの?
3 まだ俺と結婚するつもりなのか?
4 ソフィアのことについて。
順番に聞いて行くとするか。
話しているうちに目的地に到着してしまうかもしれないので、優先度の高い質問から聞いて行こう。
ではまず1。
「なぁ……英雄学校ってどんなところなんだ?」
「それはですね!」
待ってましたと言わんばかりに解説を始めるマイス。
英雄学校とは……。
曰く、各地から英雄の素質を持った子供たちが集められ、学生寮で生活しながら学業に励んでいる。
教わるのは主に戦い方だが、一般教養や基礎的な知識、金の稼ぎ方など、一般人として生きて行くのに必要な勉強もする。
これは彼らが退役した後のことも考えてのことらしい。
……そんな配慮ができるのに、ソフィアを人間爆弾にするのか。
俺は内心で口をとがらせる。
学生の中でも、選り抜きのエリートは特別な授業を受け、最前線へと送り込まれるらしい。手柄を立てて英雄となった生徒は母校へと凱旋し、講師としての職が用意されているとか。
んで、その英雄になれる確率はナンパーなんですかね?
まさか100人に一人とか言わないよな?
「その戦場ってどんなところなんだ?」
「それは……すみません、詳しいことは分かりませんの」
「ふぅん」
マイスはあまり戦況に詳しくないらしい。
学校でも生徒たちに伝えてないのか?
こういう情報って、戦意高揚のために大げさに脚色して喧伝するイメージがあるけどな。この国では違うのだろうか?
戦況について何も知らないマイスだが、いちおうどことどこが戦っているかくらいは知っていた。
俺たちがいる国は、いわば国家連合。
小国が同盟を組んで一つの勢力を形成している。
対する敵は大帝国。
一人の帝国が諸侯の治める領地を統括する一大国家。
その二つが対立しているらしい。
まぁ……なんとシンプルで分かりやすいことか。
んで、両国の間には全く関係ない第三勢力の国が複数あり、そこでドンパチやらかしているらしい。
人様の国でよくやるよ。
間に挟まれているのは、亜人たちが住む国。
ドワーフとか、エルフとか、ハーフリングとか、オークとかが暮らしているそうな。
彼らは基本的に中立的な立場ではあるが、自分たちの住む領域に入って来ることをよしとしない。
両国は彼らを刺激しないようにルートを定め、決められた場所で戦っているそうだ。
「毎回、戦う場所は固定なの?」
「ええ、そうですわ」
「奇襲とか夜襲とか通商破壊とかは?」
「えっ……なんの話をしているのですか?」
眉をひそめるマイス。
この調子だとまともな戦術の知識は持っていないらしい。
かくいう俺も、戦術にはとくに明るくない。
金の儲け方なら嫌と言うほど勉強したが、あまり身に付かなかった。
身に付いたのは自分を偽る技術のみ。
あまり難しいワードを脳内に詰め込む気にはなれない。
そのため、戦争で何か役に立てるかと言うと、その自信は皆無だ。絶対評価なんてクソスキルで戦えるとも思えない。
おまけに、ウィルフレッドの肉体は軟弱なもやし体系。こんな体躯ではステータスの上限もたかが知れている。
ファムですらあのレベルのストックがあるのだから、もうちょっと頑張ればこの身体でも何とかなりそうな気もするが……。
「お呼びですか?」
「え? うわぁ?!」
突然、俺の隣にファムが現れた。
なんで⁉
「なんでお前がいるんだよ⁉」
「いえ、呼ばれたような気がして」
「呼んでねぇよ!」
「そうですか」
そうですか、じゃねーよ。
とっとと帰れ。
「悪いけどマイス、隣に行かせてくれ」
「え? まぁ……よろしくてよ!」
そう言って横にずれて、空けた座席をぽんぽんと叩くマイス。むっちゃくちゃ笑顔になっている。
……ちょっとかわいい。
「悪いな」
「いえ、そんな……こんなことでお礼なんて……。
あの……よろしければですけど……」
「分かった」
「キャッ⁉」
俺はマイスの肩を抱き寄せる。
「いっ……いきなり何を……」
「悪いけどしばらくこうさせてくれ」
「はっ……はい!」
俺はマイスの肩を抱いて、自分の方へ引き寄せる。
ファムはそれを見て目を鋭くした。
「……なんだよ」
「いえ、別に」
「お前は呼んでないから、とっとと馬車を降りろ。
なんだったら走ってるソフィアの様子でも……」
「彼女ならもう学校に到着しました。
ここへ来たのは彼女の荷物を届けるためです」
「……え?」
こいつの言っていることは本当なのか?
信じられないな。
本当だとしたら、よっぽど学校が近いか、ソフィアの足がくっそ速いことになる。
多分、後者なんだろうなぁ……この流れだと。
「だったらさっさと届けにいけよ」
「先ほどスキルでお届けしました」
マジかよ……。
本当に『影』のスキルって便利だな。
用が済んだらさっさと消えろ。
そう言おうとしたら……。
「そう言えば、マイスさん。
例の件、どうなりました?」
ファムが尋ねる。
……例の件?




