40 君が望むならば
俺は転生してくる前、色々な仕事をした。
と言ってもほとんど営業だったが。
取り扱う商品によって客層は異なるが、やることは同じ。何かを売ることに変わりはない。
最初は取り扱う商材が興味のない物だったりするとモチベーションが落ちたりしたのだが、慣れて行くとそんなことは気にならなくなった。
要は売れればいいのだ。
転職を繰り返していくうちに刺激を求め、より多くの収入が得られる仕事を探すようになった。
そしてたどり着いたのは……高橋のところだった。
高橋はたまに通信アプリなどで連絡をくれたが、いつも別のアカウントを使っていた。見知らぬIDから連絡がきたときは彼からだと思うくらいに、コンスタントに連絡を取り合っていた。
高橋が紹介してくれた仕事は多種多様。そしてその全てが非合法な仕事。
つっても、特殊詐欺とか、ねずみ講とか、もろ犯罪な仕事ではなく、目を付けられにくいグレーゾーンの仕事だ。
特に多かったのは情報商材。
馬鹿を騙して実態のない物を売る仕事。
儲かる方法を教えると言って人を集め、高額な授業料を徴収するのだ。
高橋は決して表舞台には出ず、講師は劇団ではない本職の人間をよそから引っ張って来る。
本職と言っても詐欺師ではなく、まっとうに公演を行って金を稼ぐ表社会の人間。主にサロン商法などで結果を出している有名人などが選ばれた。
テレビには出演しなくとも、動画投稿サイトなどである程度顔が知れていれば、十分に客寄せにはなる。
組織にはそう言った有名人とコネを持つ部門があり、様々な著名人を講師として招いていた。
人を説得する言葉は「何を言うか」ではなく「誰が言うか」だ。
これは基本だぞと高橋が教えてくれた。
彼のように裏に潜る人間は、決して表舞台で何かを語ることはない。聴衆の前で言葉を発するのはていよく扱えるお人形に限る。
俺以外に誰もいない喫煙室で、紫煙をくゆらせながら雄弁に語る彼の姿を今でも覚えている。
彼の開催するセミナーは短い期間の間に何回も行われ、その度に異なる人物が壇上に立った。彼らはみな一様に同じことを言う。
「君たちはすごい」「君たちはえらい」「君たちは素晴らしい」
高橋が呼んだお人形は、会員たちをとにかく褒めた。
褒めて、褒めて、褒めつくして、聞く者を骨抜きにした。時に厳しい言葉もかけたりするのだが、最終的にはやはり肯定する。
会員たちのほとんどは金儲けが目的だったが、いつの間にか肯定されたいがために受講するようになる。目的が金から人との繋がりに変わるのだ。
俺はサクラとしてセミナーに参加して、ターゲットにした連中の様子を上に報告する役割を担っていた。会員が離脱しそうになったら複数の劇団のメンバーと共に接触して、脱会を留意させる。
会員の手持ちの資産が枯渇しそうになったら、組織を通じて仕事を斡旋したり、知り合いに金を借りに行かせたりもした。
あまり長い間、特定の場所で活動を続けると目をつけられるので、セミナーは短期間でのみの開催に限られた。
カモにした会員たちの中から上客だけを選別し、再びセミナーを開催する際にはSNSなどを通じて声をかける。
一度、繋がりができると強い。
俺は選別した会員たちと頻繁に連絡を取り、時には食事をしたり、一緒に遊んだりもした。
交友関係を築くと元会員たちは面白いほどに協力的になる。自分がカモにされているとは気づかずに、できることがあれば何でもやると言ってくれた。
俺はそんな彼らを甘言でたぶらかし、褒めて、褒めて、褒めたおした。彼らが何を言っても全肯定した。偏った思想を表に出しても、眉を顰めるような持論を展開しても、人に打ち明けられない秘密を持っていても、何が何でも肯定した。
すると皆、笑顔になる。
彼らはとても幸せそうだった。
俺も幸せだった。
誰かが笑顔になると、こっちまで笑顔になる。
自分の力で誰かを笑わせられたら、心の底から幸福を感じる。
俺にとって他人の笑顔は何よりのエネルギー源。
皆が笑えば俺も幸せなのだ。
だから……君のことも笑顔にしてみせるよ、ソフィア。
俺はあたりさわりのない身の上話を適当にでっち上げ、彼女に語って聞かせた。特に面白い話でもない。笑い話をするのは苦手だ。
けれども彼女は笑ってくれた。
笑顔になった。
だんだんソフィアとの付き合い方が分かって来た。
彼女はこんな風に何でもない話をすれば喜ぶのだ。
君の為ならいくらでも嘘をつくよ。
苦しくも、悲しくも、辛くもない、山も谷もない平面ばかりのなんでもない話を、いくらでも聞かせよう。
君が望むならば。
何度でも。