4 追い詰められていた身体の持ち主
俺……と言うか、ウィルフレッドはこの使えない能力を獲得し、死ぬほど悩んでいたようだ。
この世界では誰にでも一つ『スキル』が与えられる。
スキルの内容は人によって異なるのだが、どうも血統が重要になるらしい。強いスキルを持つ親からは、強いスキルを持つ子供が生まれる。その逆も然り。
しかし……ウィルフレッドはそうならなかった。
優秀なスキルを持つ父と母から生まれたのは、ポイントマスターとかいうハズレ能力を持った子供。彼はそのことでずっと悩んでいたらしく、幼いころからつけていたであろう日記には、嘆きの言葉がつづられていた。
他の貴族たちからいじめられていたという。
フォートンは割と有力な家らしく、彼の父親はいくつもの武勲を立てた英雄。その一人息子が無能スキル持ちとなると、周囲からの風当たりが強くなるのも頷ける。
大変だったんだろうなぁ……。
ウィルフレッドがどんなに苦労していようと、俺には他人事でしかない。どんな人生を歩んでいたとしても、今ここに彼はいないのだ。俺が殺してしまったのだろうか?
ウィルフレッドは戦場から帰る途中で入水自殺をしたらしく、未遂に終わったものの意識が戻らない状態がずっと続いていた。
目を覚ました時には俺が身体を乗っ取り、まったくの別人に。
ソフィアも彼の両親も驚いただろうなぁ……。
「はぁ……」
天井を見つめたまま、ため息をつく。
豪華なガラス細工の照明がぼんやりと部屋を照らしている。
なんで俺、ここにいるんだろう?
自分の記憶をたどり、ぼんやりとこの世界へ来る前のことを思い出す。
確かビルの屋上まで追い詰められて、そのまま転落したんだよなぁ。
その後のことは思い出せない。
多分、死んだんじゃないかな?
あの高さだと助からないと思う。
もう、元の世界へ戻ることは諦めている。
俺にとってはこの不気味な小説の中の世界が現実になってしまったのだ。素直に今の状況を受け入れよう。
しかし……貴族とはいえ、ウィルフレッドの立たされた状況は芳しくない。
実は、以前から父と叔父の間で財産のことで揉めており、今住んでいる屋敷の所有権をめぐって裁判が続いている。
ウィルフレッドが遠征先で成果を上げれば、この屋敷は叔父にとられずに済むという約束が法廷でなされたという。
んで、絶対に負けてはいけない戦いで彼は大敗を喫した。
屋敷も近いうちに叔父にとられるそうだ。
……色々と突っ込みたいが、過ぎてしまったことをどうこう言っても仕方がない。
なんでそんな取り決めを裁判でするのかわけが分からんが、俺がなにか言ったところで無意味だろう。
もう全て決まってしまったことなのだ。
「ウィルフレッドさま、入ってもよろしいでしょうか?」
ノックの音。生返事で許可する。
「失礼します」
入って来たのは黒髪ロングヘアの女性。
この屋敷で働く唯一のメイド。
エルフと人間のハーフ。
頭の上の星の評価は4.1。
メイド服を着た彼女は俺の前まで歩いてきて、頭を深々と下げる。と同時に乳も揺れる。
「あの……今日は髪を結んでないんですね」
「ええ、もうその必要はないかと」
メイドの女性はすました顔で言う。
彼女は普段、髪をまとめてお団子にしていたのだが、今日は長い黒髪をおろしている。そっちの方が個人的には似合うと思うな。
屋敷で雇われていた従者たちは彼女を除いて全員がクビになった。叔父に屋敷の所有権が移るので、雇用の継続が困難になったからだ。
外で働いている庭師たちは叔父が自分好みに改造させるために雇った人たち。
もうすぐ大工もやって来ると言う。内装も好きにいじるつもりらしい。
「お父様がお呼びですが、どうしますか?」
「ああ……行くよ」
「では、ついてきてください。」
「…………」
部屋を出て行くメイドのあとへ続く。
ウィルフレッドの父とは何度も顔を合わせているのだが……気が重いな。これからのことをきちんと話し合わないといけない。