39 笑顔を顔に張り付けた人形
「え? 誰って……」
今までずっと俺のことをウィルフレッドだと疑わなかった彼女は、握手を拒否して後ずさる。
まるで得体のしれない生き物が突然現れたかのように、困惑した表情で俺を見ている。
「誰ってそりゃ……ええっと……」
「あなたはウィル様じゃない……誰なの?」
いや、最初からずっとそう言っただろ。
急に何言ってんだこの子。
「あの……何処から突っ込めばいいのかな?
俺はウィルフレッドさんではない別人だって、
最初から言っていると思ったけど……」
「ちがう! 今まではずっとウィル様だった!
でも……でも今は違うの! 別人なの!
見たことも会ったこともない人だった!」
いや……本当に何言ってんだこの子。
いきなりソフィアがこんなことを言い出した理由は分からないが、俺が彼女の地雷を踏んでしまったことに間違いはないだろう。
テキトーに言って落ち着かせてもいいが……。
俺はソフィアを無言で見つめる。
「ひっ……」
視線を向けられた彼女は、まるで気持ち悪い虫でも見つけたかのようにたじろぐ。
ううん……随分と嫌われたな。
俺、何かやったか?
さっきまで俺をウィル様と言って慕っていたのに、あまりに反応が違い過ぎる。俺が彼女に何をしてしまったのか、今一度冷静に思い返してみよう。
俺は……言った。
「絶対に大丈夫だ、俺を信じろと」
あの言葉が地雷ワードだったのか?
それとも……。
「そうか……俺のこと、嫌いになっちゃったんだな」
「ちがっ! そうじゃなくて!」
慌てて否定するソフィア。
いったい何が違うというのだ。
「その……上手く言えないけど……。
なんて言うか今のアナタは……まるで作り物みたい。
笑顔を顔に張り付けた人形みたいで……」
「…………」
俺が作り物?
思わず自分の顔を触る。
もちろん、何も変なところはない。
ごく普通の触感だ。
小説とかで、マネキンみたいなんて表現を見かける。感情を失った表情のないキャラクターがそのように形容されるのだ。
幼いころのトラウマが原因で、あるいは大切なものをすべて失って。はたまた、本当にロボットで感情が存在しない。
そう言う奴らと俺は同じだってことか?
……納得いかないな。
いったい俺の何処がマネキンみたいだって言うんだ。
ずっと人間らしく振舞っていたと思うが?
それとも……彼女は俺の中の悪意に気づいたのか?
いや、そんなはずはない。
俺はまだ誰も騙そうとしていない。
こちらの世界へ来てからというもの、ずっと正しくあろうとした。俺は金のために人を騙したりしない。笑顔のために騙すんだ。
だから、アルベルトやセリカに迷惑がかからないように配慮したし、ソフィアやマイスを傷つけないように努力した。
ソフィアが俺の中の悪意に気づくはずがない。
こんな右も左も分からないような小娘に……。
「ははっ……俺が人形みたいか……。
そんなこと言われるとは思ってなかったよ」
俺はショックを受けたようにふるまい、相手の反応を見る。
「…………」
ソフィアはまだ俺から距離を置いている。
警戒しているようだ。
どうして彼女が俺を作りもののようだと言ったのか、その理由まではちょっと分からない。
けれども、何かしらの理由で俺の中にある不自然さに気付いたのだ。
さて……その理由とはいったい。
「悪かったよ、ソフィア。
俺はただ君の力になりたかったんだ。
でも……拒絶するのなら仕方がない。
許してくれるまで距離を置くことにするよ。
……ごめんね」
「あっ……ぅ……」
俺の言葉に気持ちが揺らいだのか、彼女は何か言いかける。
……あともう一押し。
「俺は外にいるから、もし気が変わったら声をかけて」
「まっ……待って!」
彼女は俺を引き留めた。
思った通り……。
「あの……私、ウィル様のこと……」
「…………」
「あっ……やっぱり違う。
ウィル様じゃなくて……あなたのこと……」
「…………」
どうやら彼女はようやく俺をウィルフレッドではなく、別の人間だと認識したようだ。
「あなたのこと……もっと知りたい」
「そうかい。じゃぁ、もうちょっと話そうか」
「……うん」
ソフィアは小さく頷いた。
俺は彼女を壁際に座らせ、その隣に腰かける。
床がひんやりと冷たい。
何か敷くものが欲しいな。
あたりを見回すが、敷物になりそうなものは見つからない。
本当にこんな寂しい部屋で生活しているのか?
だとしたら……辛くないのだろうか?
「あの……何から話せばいい?」
「そうだな……君の話が聞きたい。
ここへ来る前の話とか……」
「えっと……それは……」
ダメらしい。
無理に聞かない方がよさそうだ。
「じゃぁ、俺の話でも聞いてくれ」
「え? ウィル様の?」
ウィルフレッドの話じゃなくて、俺の話だけどな。
まぁ……適当に作り話でもするか。
彼女の俺への心証を悪くしない程度に……。




