38 狩る側と狩られる側
「あっはっは、面白いほどうまくいきましたねぇ」
助手席に座る俺が言うと、組織の上役である男はにやりと口元を緩ませる。
「お前……見込みあるな。このまま仕事、続けるか?」
ハンドルを握りながら前を向くオールバックの男性。
やせ形でほほがこけ、ぱっと見は普通のサラリーマン。
とても反社の人間とは思えない。
「ええ、あくまでバイトとしてですけど」
「俺が言うのもなんだが、火遊びはほどほどにしておけよ。
あまり深入りしすぎると元の生活に戻れなくなるからな」
「こーゆー仕事してる人って、
無理にでもそっちの世界に引きずり込もうとしません?
なんで高橋さんは俺にそんなこと言ってくれるんですか?」
「お前みたいなやつは手元に置いておくより、
必要になった時だけ使った方が役に立つんだよ。
誰かに忠誠を尽くすタイプじゃないだろ、お前」
それもそうだなと、変に納得してしまった。
真夜中の首都高は昼間のように明るい。上京したての俺にとって、東京の夜は何よりも魅力的に思える。
それが首都高ともなると……軽くファンタジーの域だ。
追い越し車線をすごい勢いで高級車が走り抜けて行く。
高橋は安全運転なので法定速度をしっかり遵守。
何度、追い抜かされようと気にも留めない。
俺たちが乗っている車はプロボックス。
後部座席には空の段ボールが並んでいる。
黒塗りのいかにもな車に乗るより、営業車を装った方が怪しまれないそうだ。
「んで、次はどこへ?」
「埼玉の方なんてどうだ?」
「千葉でひと稼ぎした後、今度は埼玉ですか?」
「東京で稼ぐよりもずっと楽だし、人も多いからな」
「カモも多そうですね」
高橋の所属する組織は特定の活動範囲が決まっておらず、関東圏内を転々としている。適当な雑居ビルにダミーの事務所を設営したら、その周辺の個人営業の店に“営業”をかけて、マッチポンプの評価工作により利益を上げる。
彼はこの手法で一年近く活動を続け、かなりの利益を上げているらしい。組織からの評価も上々のようだ。
「あの……なんでわざわざ撮影なんてしたんです?
ネットに動画上げてリスクを上げる必要もないでしょうに」
「明確な証拠が無いと低評価をつけても消されてしまう。
特に外資系はコンプライアンスに厳しいから、
言葉だけの風評では不十分なのだ」
「ふぅん……」
だんだん難しい話になって来た。
ITの話はよく分からない。
「そう言えばお前、とても楽しそうに仕事をしていたな。
人が不幸になる姿がそんなに面白いのか?」
「え? 何を言ってるんですか?」
俺は彼の質問の意図が分からなかった。
「あの二人、本当に嬉しそうにしてましたよ。
良かった、これで☆の数が元通りだ。
ありがとう、ありがとうって。
何度も俺に礼を言ってくれました」
「しかしそれは、俺たちが……」
「ええ、そうですね。俺たちがあの二人を騙した。
でも……あの二人はそれを知らないんです。
彼らにとって俺は☆を元に戻してあげた恩人。
悪いことをしたなんて思ってませんよ」
「……そうか」
高橋はまっすぐに前を向いたまま。
こちらを見ようともしない。
……運転中なのだから当然か。
「一つだけ、忠告をしておこう。
お前、自分が悪人だと思ってないだろ」
「ええ、もちろん」
「そう言う奴は必ずいつか足元をすくわれる。
少なくとも悪事を働いている自覚は持て」
「自覚を持っていれば破滅しないと?」
「……ちがう」
高橋はアクセルを深く踏んだ。
プロボックスが急加速する。
「俺たちは他人から金を掠め取る狩人だ。
だが……逆にこちらが狩られる可能性もある。
無害な人間を装うのは構わないが、
気を抜いてまともな人間になってみろ。
他の狩人に目をつけられて食いつぶされる。
得物を狩るのは悪人。善人は狩られる側。
そのことを忘れるな」
「……はい」
なんとなく、彼の言わんとしたことは分かる。
つまり、己の悪事を自覚して、常に狩る側にいることが大切だと。
彼はそう言いたいのだろう。
だから……。
だから俺は誰も信じない。
善人になるつもりもない。
俺はこの世界へ来て、自分が何をすべきかずっと考えていた。
特にやりたいことはない。
元の世界へ戻ることも不可能だろう。
であれば……。
「絶対に大丈夫だ、安心してくれ。
俺は君を救ってみせる。
だから……俺を信じてくれ」
俺は最高の笑顔を浮かべてソフィアに握手を求めた。
しかし彼女は……。
「……誰?」
そう言って右手を引っ込めた。




