36 ☆をあなたに 前編
これは俺がこの世界へ来る前の話。
学生時代、俺は危ないバイトをしていた。
適当に求人情報誌から選んだのだが、半グレが絡んだヤバイ会社の仕事だった。
つっても、特殊詐欺とか脅迫とか窃盗とか、直接的な犯罪とは違う。割とぬるめの詐欺だった。
俺の仕事はスーツを着て飲食店を食べ歩くこと。
他にも理髪店やブティック、雑貨屋などを回って実態を調査する。狙うのは個人経営の店に限る。
調べるのは経営実態や店主の人柄、客との関係。などなど。
ある程度、調査が済んだら上に報告してターゲットを決める。
その会社には『劇団』と呼ばれるチームがいた。様々な年齢、性別、体系、風貌の者で構成された集団で、組織の要と言ってもいい。
彼らはターゲットとなった店舗へ出向き、問題を起こす。
「なんだこれぁ⁉ 髪の毛が入ってるぞぉ⁉」
大声を上げて叫ぶ劇団のメンバー。
彼らは必ず複数人で店を訪れる。
事前に店主や従業員の髪と同じ色、同じ長さの髪の毛を用意。メンバーは全員違う色に髪を染めるか、丸坊主にしておく。
そうすることで、言い逃れのできない状況を作るのだ。
髪の毛が入っていると文句をつけられた店主は、その場を収めようと対応する。メンバーはできるだけ大声を上げて騒ぎを大きくする。
他の客として潜入していた劇団のメンバーが、その様子を離れた場所からスマホで撮影。ネットにアップロードする。
この際、仲間の顔は写さず、店主従業員の姿だけを映す。
ここで賠償金を求めてはならない。しばらく文句を言ったらメンバーは代金を支払って大人しく引き上げる。撮影を行っていた仲間も同様に。
数日後に評価機能の付いたマップアプリや口コミ系サイトなどに、複数の端末、複数のアカウントを通して、その店の悪評を広める。
ターゲットの評価はみるみるうちに悪化。
レビューもくそみそに書かれる。
どのレビューサイトでもたいていの場合、店の評価は星の数で行われる。
平均が☆4前後あった評価を☆2くらいに落とす。
そして……再び俺の出番。
俺は劇団には所属していないが、継続的にターゲットとなった店舗に足を運んでいた。店主と顔見知りになったら、ネットの評価が落ちていると伝える。
最初はああそうですか、と言うだけの反応が多い。
しかし……数日ごとに気にしだし、ついには向こうから評判を聞いてきたりもする。
俺は頃合いを見て、店主にネット評価の改善を提案。☆の数を元に戻さないかと持ち掛ける。
費用について尋ねられたら、店の経営状況に応じて試算した金額を伝える。
たいていの場合は、ちょっと考えさせてくれと言ってすぐに返事はしない。払えるかどうか分からないギリギリの額を提示するからだ。
俺が最初に騙したのは老夫婦が経営する飲食店だったな。
あの時は確か……。