33 最悪の最悪
「私は……いいよ」
うつむき加減の彼女は両ひざに置いた拳をぎゅっと握り締め、殊勝にもアルベルトの要求に応じる。
「本当なのか⁉ だって俺は……」
「うん……分かってる」
彼女は俺の方を向いて視線を合わせる。
「アナタがウィル様とは違う存在だって、頭では分かってる。
でも私には……今のアナタがウィル様だとしか思えない。
変だと思うけど……私にとってあなたは本物なの」
「ええっと……」
偽物だと分かっていても、本物だと思ってしまう。
大きく矛盾しているようではあるが、彼女は心の底からそう思っているらしい。
つまり……。
「だから……もしあなたが望むなら……。
私は全てを受け入れてもいい」
「それはつまり……」
「うん……そう言うことだよ」
つまり、どういうことだってばよ?
まぁ、気づかないふりをするのはやめよう。
彼女はいつでも俺を受け入れるつもりでいる。
……うーん、覚悟が違うわ。
ソフィアはアルベルトの求めにオーケーしたわけだが、それで素直に「はい、そうですか」と受け入れるわけにはいかない。
俺にも選択する権利があるのだ。
「ソフィアさんはこう言っていますが、僕は同意しかねます。
いきなり子供を作れと言われても受け入れられません。
彼女にだって学業が……」
「ふむ……そういえばまだ説明していなかったか」
「……え?」
アルベルトはやれやれと言った様子で肩をすくめる。
「もう少ししたら……ソフィアは戦場へ送られる。
彼女が戦地へ赴けば、生還するのは難しいだろう。
だから……」
「彼女が妊娠すれば、兵役が免除されると?」
「そう言うことだ」
ううむ……これはまた難しい問題になってきたな。
でも、ソフィアなら生きて帰って来れそうな気もするが。
「そんなに厳しい場所へ送り込まれるんですか?
炎獄のスキルでも生還が難しいと?」
「この国の上層部はソフィアを人間爆弾として使うつもりだ。
飛竜に乗せて彼女を敵国の前線基地へ運び、そのまま……」
「……嘘だろ」
人間爆弾って……そんな。
「あはは……やっぱりそうなっちゃうよね」
苦しそうに笑顔を作るソフィア。
この子は……今まで何も知らされていなかったのか?
「そんな……あんまりでしょう。
絶対に助からないじゃないですか……」
「ああ、そうだ。だから彼女を孕ませる必要がある。
君たちが何人も子供を作れば、その度に計画は先延ばしにされる。
やがて国もソフィアに興味をなくすだろう」
「でも……生まれて来た子供たちは……」
「未来のことは後で悩めばいい。
今はソフィア君の命の方が大切だ」
なんだか俺の中で倫理観がすごい勢いで壊れていく。
やべぇってレベルの話じゃない。
望まぬ妊娠に人間爆弾。
考え方がきつ過ぎて理解が追い付かない。
俺はなんて答えればいいんだ?
「うう……」
「何も答えられないか?」
「少し……考える時間を頂ければと……」
「では、ゆっくりと考えるといい。
しかし……あまり時間は残されていない。
できるだけ早めに頼む。
でないと……」
「…………」
「私がソフィア君を抱くことになってしまう。
それだけはなんとしても避けたいのだ」
そう言うアルベルトは、とても重苦しい表情をしていた。