32 あり得ないこと
聞き間違えかな?
俺の耳がおかしくなっていなければ、彼は間違いなくこういった。
ソフィアと寝ろと。
いや、先走って勝手な解釈をするのはよそう。
寝ろとは別に、性交渉を意味しているとは限らない。
あくまで添い寝とか、一緒の部屋で離れて横になれとか、そう言う意味合いかもしれないのだ。
勘違いして暴走したら恥ずかしいどころの話じゃないぞ。
「すっ……すみません。
ちょっと意味が分からなくて……。
同じ部屋で睡眠をとれと言う意味ですよね?
別に深い意味とかなく」
「さっさと深い関係になれと言う意味だが?」
「それってどういう……」
「ハッキリ言わないと分からないのか。
さっさと孕ませてしまえということだ」
「…………」
この人さぁ……マジで言ってるの?
ソフィアの方を見ると、彼女は顔を赤らめてうつむいていた。恥ずかしくて顔から火が出そうなんだろう。
いや……。
「熱いっ! ソフィア! あっつぃ!」
「え? あっ……ごめん!」
彼女からは高熱が発せられ、隣にいる俺の身体まで熱くなった。まるでハロゲンヒーターで全身を温められたかのよう。
俺の声で正気に戻ったソフィアは慌てて元の体温に戻した。
この子はある程度、スキルの力をコントロールできるようだが、感情的になると熱や炎を放出してしまうらしい。
やれやれ、本当に厄介な能力だ。どうにかならんのかな。
それにしても……『炎獄』のスペックってどうなってるんだろ?
いったい何℃くらいまで出せるんだろうか?
さっき、天井をぶち破って二階まで飛んできたし、熱や炎を出す以外にも推進力としても使えるようだ。
「あの……アルベルトさん。
どうして急にそんなことを?
俺は……」
「確かに君はウィルではなく、異世界から来た別人。
名前は確かサトル……と言ったね」
「はい……そうです」
「サトル君は確かに、ウィルとは別人かもしれない。
けれどもその身体は……ウィルのものだ。
君が歩むべき人生も、本来は彼が歩むものだった。
つまり……」
「俺に彼の人生の再現をしろと?」
「つまりはそう言うことだ」
まぁ……言っていることは分からなくもない。
俺が好き勝手にやりたいことやったら、後で本物が戻って来た時に困るだろう。
そうならないためにも、彼が本来歩むはずだった人生の道筋から外れないよう、ウィルフレッドとしてふるまわなければならない。
だとしても……だ。
「彼の送るはずだった人生を俺が再現したとして、
それがどうしてソフィアと寝ることにつながるんです?
彼女にだって選ぶ権利があるでしょう。
しかも、こんなデリケートな話をみんなの前で……」
「君は何か、勘違いをしているね」
アルベルトはため息をついた。
「ソフィアに選択権などない。
私がどれほどの投資をしてきたと思っているんだ」
「投資って……そんな! ソフィアは資産だとでも⁉」
「無論だ」
彼はノータイムで即答する。
「私は見返りがあると思って彼女に投資した。
どんなに問題を起こそうと追い出さなかったのは、
彼女が強力なスキルを持っていたからだ。
そして……何よりも……女だったからだ」
「…………」
「君が彼女を孕ませれば、優秀な子供を産むだろう。
それも一人や二人ではなく、何人も。
我がフォートン家の血筋は安泰になるというわけだ」
俺が思っていたよりもずっと、アルベルトはしたたかな男だったようだ。彼は決して善人などではない。
しかし……これがこの世界では普通の感覚なのかもな。
俺がいた世界とは文明の発展具合が違うし、倫理観だって異なるはずだ。彼の女性に対する扱いを非難したところで、糾弾されるのは俺の方。異世界から来た俺の意見など、少数派の戯言にすぎない。
彼に真っ向から反論するのは得策ではないだろう。
では……。
「ソフィアはそれでいいのか?」
俺は隣に座っている彼女に尋ねる。
ソフィアは……。