28 サトルとウィルフレッド
「それは……大変でしたねぇ」
ことの成り行きを聞いたソフィアは、どこか他人事のように言う。
大変だったなんてもんじゃないぞ。
部屋に残った俺たちは、床に座って話をしている。
ファムが何を俺にしようとしたのか、包み隠さずに話した。もちろん、例のブツについては適当に言葉を濁しておく。この子、そう言う話に耐性なさそうだし。
「えっ……もしかして信じてない?」
「そうじゃなくて……その……。
ファムさんがそんなことするなんて、信じられなくて」
「やっぱり信じてないじゃん!」
「ちっ……ちがっ! そう言う意味ではなく!」
どうやらソフィアは、いまいち俺の言葉が信じられないらしい。
まぁ……無理もないか。
ファムはずっと本性を隠し続けていたのだ。
あんな最低最悪のド変態だとは誰も知らなかったはず。
現場を見ていないソフィアが信じられないのも、無理はない。
「私はちゃんとウィル様のこと信じてますよ?
でも……」
「その前にさぁ、俺がウィル様だって本気で思ってる?」
「……え?」
俺の問いに固まるソフィア。
俺の口調はすっかり砕けており、他人行儀な態度ではなくなっている。そんな俺を前にしてもまだ彼女は、俺がウィルフレッドだと思うのだろうか?
「ええっと……。
私の中で、ウィル様は元のウィル様のままで。
あまり別人って感じがしないんですよね……。
どうしてか分からないですけど……」
「ううん……」
ソフィアはいまだに俺をウィルフレッドだと思っているのか。さすがにちょっと抜けていると思わざるを得ない。
日記を読む限り、彼と俺とでは明らかに人格が違う。
日記の内容から推測するに、ウィルフレッドは内向的で友達が少なく、あまり社交的とは言えなかった。俺の場合、転生する前は人と関わる仕事をしていたので、それなりに処世術は見についている。
そのため、俺の言動や行動は間違いなくウィルフレッドのそれと乖離を起こしているはずだ。
にもかかわらず、ソフィアはそんなことを言う。
いったいどうしてなのか。
「なぁ……いい加減に気づいて欲しいんだけど。
俺はウィルフレッドなんかじゃない。
まったくの別人なんだよ。
名前はサトルっていうんだ」
「え? サトル?」
聞きなれない名前に眉を顰めるソフィア。
「ああ……そうだ。
俺はここではない別の世界から来た異邦人だ。
ウィル様とは価値観も違うし、生き方も違う。
何から何まで異なってるんだ。
だから……こんな俺をウィル様って呼ぶのは……」
「それでも……私にとってウィル様はウィル様です!」
ソフィアは胸の前で両手をグーにして叫ぶ。
これは……何を言ってもダメか。
アルベルトは俺が別人になったのを分かった上で、息子が戻って来るのを待っている。しかし彼女はそもそも認める気がないらしい。
俺がどうふるまおうと、ソフィアは俺をウィルフレッドとして認識するのだろう。
「そうか……悪かった。
一つだけ聞いてもいいか?」
「え? なんですか?」
「以前のウィルフレッドは君にどんな態度をとっていた?」
「えっと……今のウィル様がしているみたいな感じです」
そうか……普段から砕けた口調でコミュニケーションをとっていたのか。だとするなら……。
「じゃぁ、この接し方でいかせてもらうよ。
構わないかい?」
「はい……大丈夫だと思います」
ソフィア的には、この態度の方がウィル様っぽいらしい。
まぁ……なんでもいいけどな。
「じゃあそろそろ行こうか。食事の準備の途中なんだろ?」
「ええ……そうでした。あの、あれは……」
ソフィアは自分が飛び込んできた穴を指さす。
「別にいいだろ。ナーガおじさんが直すだろうし」
「そうですね……あはは」
申し訳なさそうに頭を書くソフィア。
別に誰も責めないのだから、もっと堂々としていればいい。