206 ダンジョンの食糧事情
「ぜーっ! はーっ! ぜーっ!」
「サトルさま、水をどうぞ」
街まで戻って来た俺は体力の限界に達していた。
ファムが差し出してくれた水の入った袋を奪い取り、中身が空になるまで一気に飲み干す。
「そんなに勢いよく飲むとむせますよ」
「げーっほげほっ!」
激しくせき込む。
さっきから本当に情けないな、俺。
冒険者ギルドの前で休憩しているとバートンが馬車に乗って戻って来た。
御者は彼が勤めている。
どうやら近くに馬車を貸し出す業者がいるらしい。
用意した荷物を積み込んで、開いているスペースに乗り込む。
ファムと俺が端っこに並んで座るのがやっと。
「そう言えば、ファムのスキルで格納できないのか?」
「私のスキルには容量に限りがあって、
ここにある物資を全て入れるのは無理ですね。
食料品をすでに格納していますし、
私物も入れてあるので容量が足りないのですよ」
「そっか……」
ファムは『影』のスキルで瞬間移動できるが、それには自分の身体が入れる空き容量が必要になる。
いざという時のために、ある程度余裕を持たせているらしい。なので、どんな場合でもぎちぎちに物を詰め込まないようにしているとか。
万能に思えて、意外と制限も多いのね。
「んじゃ、行くぜ」
バートンは声をかけてから馬車を走らせた。
俺たちは大人しく荷台に乗ってダンジョンへと向かう。
よく晴れた気持ちのいい天気。
どこまでも続く農場を眺めながら、ゆったりと馬車に揺られて移動するのは嫌いじゃない。
全力で走った後だからか、とても心地よく感じる。
「サトルさま、夕飯はいかがしますか?」
「え? ああ……そうだな」
さっきリンゴを食べたけど、それだけじゃ全然足りない。全力で走った上に、肉体労働もしたからなぁ。消費したカロリーがあまりに多すぎる。
なにかもう少し食べたいと思っていたところだ。
「向こうに着いたら何か食べるか?」
「では食材を用意しないといけませんね」
「あの……耳がおかしいのかな。
食材なら影の中に入れてあるだろ?」
俺がそう言うとファムはふふっと笑う。
「食料品は温存しておかないといけません。
今日の分は現地調達しましょう」
「へぇ、野兎とか野鳥を捕まえるのか?」
「は?」
「え?」
何かおかしい。
話がかみ合わない。
「野兎や野鳥が都合よく捕まると思いますか?」
「いや……そうだよね、うん」
「ですので、魔物を捕まえたいと思います」
「ははっ……え?」
なに言ってんの、コイツ。
「魔物を? 食べる?」
「ええ、無限にダンジョンから湧いてきますからね。
何匹か捕まえたらその場で解体して調理しましょう。
干し肉を作るといいかもしれません」
ファムは生き生きとした様子で言う。
魔物を食べることに抵抗がないようだ。
「魔物ってさ……美味しいの?」
「種類にもよりますが美味しい魔物もいますよ。
例えばスライムですが――」
「えっ⁉ スライム⁉」
あれ、食べられそうにない魔物の筆頭だろう。
どうやって食べるんだ?!
「毒を持っていなければ比較的簡単に食べられます。
水分補給にちょうどいいんですよ」
「え? 味は?」
「ゲロまず」
「ですよねー」
まさかスライムを食べるなんてな。
しかも水分補給が目的とか……。
「動物系の魔物は基本的に食べられますね。
昆虫系も癖になる味でおススメですよ。
人型の魔物も最初は抵抗があると思いますが、
食べているうちに慣れます。
アンデッドとかも場合によっては……」
冒険者はなんでも食べるんだな。
死んだ仲間とか普通に食ってそうで怖い。
てか、今なんて言った?
アンデッドを食う?
「なぁ……ゾンビとか食って腹を壊さないのか?」
「さすがにゾンビ化した仲間は食べませんよ」
「仲間じゃないゾンビは食べるのかよ?」
「何も食べる物がなければ……ね」
マジかぁ……マジですかぁ。
ファムはガチで真面目に話しているので、冒険者の食糧事情はよっぽど厳しいらしい。
人型モンスターや昆虫系だけでなく、アンデッドまで食するとなると……よっぽど覚悟を決めておいた方がよさそうだな。
「ダンジョンは地下深く続いていますからね。
最新部まで到達するには、沢山の食料が必要になります。
運ぶ手間を考えたら現地調達した方がいいんですよ」
「確かにそうだけどさぁ……アンデッドって……」
「あっ、それは嘘です」
「嘘ぉ⁉」
俺が声を上げると、ファムはクスクスと笑った。
「たまには私も嘘をついて、
アナタを騙してみたいと思いまして」
「すっかり騙されたよ……くそ。
でもまぁ、当然だよな。
アンデッドやスライムなんて食べられるはずないし。
信じた俺もバカだなって思う」
「アンデッドは嘘ですけど、スライムは普通に食べますよ」
「え?」
え?
「食べますよ」
「嘘だろ?」
「嘘じゃないですよ」
「昆虫は?」
「食べます」
「人型は?」
「食べます」
「アンデッドは?」
「それは嘘ですけど……」
けど……?
「噂では食べた人もいるとか」
やっぱり食べるのかよ。
俺もう、冒険者やめたいんだけど。
今から逃げても大丈夫かな。




