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204 契約書の謎

「バートンさん、もしかして……契約に不満が?」


 俺が尋ねると、バートンは腕を組んで不機嫌そうに鼻を鳴らす。


「ああ、当然だろ。なんだあの内容?」

「ちゃんと内容を確認されていたんですね」

「もちろんだ」


 この人、話を聞いていたのか。


「ちなみに、内容は覚えていますか?」

「ああ、命令違反は罰金なんだろ。

 てことはつまり……お前が死ねって命令したら、

 俺は自分の命を金で買わなくちゃならねぇ。

 そんな契約はまっぴらごめんなんだよ」


 バートンは鼻息を荒くする。


 確かに彼の言うことは正論なのだが、そんな無茶な命令をするつもりはない。

 冒険者という職業は死と隣り合わせだし不安になるのも分かる。

 だけど常識として……。


「待ってください。

 僕はそんな命令を下すつもりはありませんよ」

「はっ、口では何とでも言えるよなぁ。

 俺にとってお前は数日前に出会ったばかりの小童こわっぱ

 信用しろって言う方が無理なんだよ。

 だから……」


 だから?


「俺が唯々諾々と従うバカじゃねぇってことを、

 お前に証明する必要があるのさ。

 これで分かっただろ。

 少なくとも、無条件でお前の指示は受けない。

 俺からも意見を言わせてもらうからな」


 至極まっとうな要求である。

 というか、もともとそのつもりだ。


 ファムの意見だけでなく、他の冒険者の意見も取り入れたかった。何より鑑定スキル使いとしての視点は何よりも重要になると考えている。

 だから無理やりバートンを従わせるつもりなんて、最初からゼロ。


 なのにこいつは……。


「申し訳ありませんでした。

 作成した書類の文言に不備があったことを認めます。

 不愉快に思わせてしまったこと、お詫び申し上げます。

 誠に申し訳ございませんでした」


 俺は席を立って深々と頭を下げる。

 下手な弁明は逆効果だろう。


「はっ、分かればいいんだよ」

「新しく契約書を作成しなおしますので、

 少しばかりお時間を頂ければと」

「いや……別に構いやしねぇよ。

 つか、そもそも契約書ってなんだよ。

 冒険者の世界じゃそんなもん作らねーっての」


 バートンは椅子の上でふんぞり返り、不満そうな表情を浮かべている。


 やはり、冒険者を契約で縛るのは無理か。

 無理難題を吹っ掛けるつもりはなかったのだが、慎重になりすぎたのが裏目にでたな。


 まず彼に落ち度を作ってそれを許すことで、クライアントとしての立場を確実なものにするつもりだった。

 だが、俺が想定していた関係を冒険者に当てはめるのは無理があった。やはりこちらの世界のやり方に従わなければ、人を上手に扱えないだろう。


 一つ、勉強になったな。


 それにしても……アルベルトの奴。

 一回の冒険者から借金をして酒におぼれるなんて、どういう料簡だよ。

 しかも次の日に二倍にして返す約束をするとか……。


 俺はアイツの息子になったつもりはないが、ウィルフレッドとして生きている身としては、やはり情けなく感じる。

 もう少し、ちゃんとして欲しいものだ。


「はい……以後、気を付けます。

 冒険者の流儀に従いたいと思います」

「分かればいいってんだよ。

 んじゃ、さっそく……借金を返してもらおうか。

 もちろん、倍にしてな」


 ニカリと笑うバートン。

 やはり、貰うものは貰うつもりのようだ。



 ◇



 荷物を運搬するための馬車を用意すると言って、バートンは冒険者ギルドを出て行った。

 仕事自体は頑張るつもりなのか張り切っている様子。


 馬車を借りる金が欲しいと言われたので支払ったけど……その金で酒なんて飲まないだろうな?


 バートンと別れた俺たちは二人で反省会を開く。


「はぁ……してやられたよ、まったく」

「失敗は誰にでもあることです。

 どうか気を落とさないでください」

「ありがとな」


 こういう時、優しくされるとジーンとする。

 失敗した後って優しい言葉が沁みるのだ。


「それにしても……くそっ、どうして読み間違えた。

 バートンがあそこまで切れる男だとは……」

「人は見た目に寄らないもの……と言いたいですが。

 ちょっと私も違和感を覚えましたね」

「え? ファムも?」


 俺の言葉にファムは小さく頷く。


「はい。

 最初に会ったときの彼は、

 酒におぼれて正常な判断ができない状態でした。

 ですが……」

「今日は見違えたようにシラフだったよな。

 まるで別人みたいに」


 バートンは昨日までの態度が嘘のようにしゃっきりしていた。


 しかし、人格が入れ替わったわけじゃない。

 さっき見せた姿が本来の冒険者としての彼なのだろう。


 だが……それでもやはり、何か妙なものを感じる。


 彼は文字が読めないにも関わらず、借金の承諾を得る書類を作成していた。

 アルベルト本人に書かせたものであれば書類自体は作れる。しかし……彼にはその内容を確かめるすべがない。

 嘘を書かれてもバートンには看破できないのだ。


 まぁ……他の冒険者に確かめさせるという手もあるのだが……。

 不確かな内容の書類をどや顔で突きつけて来た彼の態度に、俺はどうしても納得がいかなかった。


「なぁ、ファムはあの契約書、どう思う?」

「間違いなくアルベルトさまの字でした。

 偽造されたものではないと思います」

「そうか……」


 深く考えすぎだろうか?


 俺はバートンが急に態度を変え、アルベルトに借金をさせたことに、強い違和感を覚えている。

 もしかして誰かが裏で手を引いている?

 彼を操っている黒幕がいるのか?


 アルベルトに借金をさせたことに何か狙いが?

 確かに痛い出費だったが、返せない額でもないのでとっとと返済した。

 致命的な失敗をしたわけではないが……。


 俺はこの違和感が、後々になって大きな災厄としてわが身に降りかかるのではと危惧している。


 杞憂に終わればいいんだけどな。

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