2 醒めない悪夢とゲームのような世界
「はぁ……」
俺はバルコニーの欄干にもたれかかりながらため息をつく。
眼前に広がるのはよく手入れされた広い庭。
何人もの庭師たちが植木をきれいに整えている。
中央の噴水からは絶えず水が噴き出しており、設備がきちんとメンテナンスされているのが分かる。
ここは俺が知っている世界とは違う、まったく異なる世界。
つまりは異世界だ。
何が何だか分からないまま数日が経ち、この世界の“仕様”にもだいぶ慣れてきた。
「ステータスオープン」
俺がそう呟くと、小さな半透明の四角い光が現れる。ほのかに青く光るそれには、俺の「ステータス」とやらと、年齢などの情報が記載されていた。
……なにこれ。
これを最初に見たときは驚いた。まるでゲームみたいだと。
噂でゲームの世界に入り込むとか、そういう類の小説が流行っていると聞いたことがあるが、実際にはこんな感じになるのか。
正直、実感はあまりない。いまだに夢を見ているような気分になる。
だってさ……ステータスだぞ。笑っちゃうだろ。
それよりもっと笑えるのが……。
俺は半透明の文字盤の左上にある四角で囲まれた三のマークをタップする。するとメニューが表示されるので、その一番下にあるヘルプを選択。
一番上に表示された「世界観の説明」の項目に指で触れると……。
『創作家になろうの世界へようこそ!』
と、トップに書かれた文章が現れた。
要約するとこの世界は複数の物語がくっついた小説の中の世界で、様々な物語の主人公たちが暮らしているという。
んで、彼らは例外なく☆の数でその価値が決められている。
☆の数が多ければ多いほど価値のある人間。
逆に数が少なければ価値が低い人間。
分かりやすいのだが……なんだこれ。
ディストピアってレベルじゃねーぞ。
世界観を説明する文章は、明るい言葉でその内容を説明していた。時には感嘆符を使い、時には顔文字を交え、その胸糞悪くなるような“設定”について語っているのである。
悪い夢だ……早く醒めてくれ。
しかし、俺が目覚めることはなく、すでに数日が経過している。
この悪夢からは逃れられないようだ。
「ウィルさまぁ! ここにいらしたんですね!」
声を掛けられ振り返る。
そこには“あの”少女がいた。
栗色のボブショートに赤いリボン。
年齢は16歳ということだが、平均よりもずっと身長が低く小柄な体系。ぱっと見小学生に見えなくもない。
かわいいと言えばかわいいのだろうが、どちらかと言えば幼さの方が強い印象のその少女は……。
「ああ……ソフィアさん」
俺は彼女の名を呼んだ。
彼女の名はソフィア・イールス。
以前の俺と仲が良かったらしい。
あまり上等ではないワンピースを着た彼女の姿は、お世辞なりにも立派だとは言えない。裕福な家庭で育ってはいなそうだ。
「探しましたよ、もぅ。またベッドを抜け出して……」
「別にもうどこも悪くないので心配しなくても大丈夫ですよ」
「でも……」
不安そうに上目遣いで俺をみるソフィア。
彼女は俺にかまいたくて仕方がないらしい。
彼女の頭の上には星のマークが五つ表示されている。
そのうちの二つ半が黄色く色づけされており、残りの半分はうっすらと透き通った水色。彼女の評価は2.5と言うことになる。
「でも……やっぱり心配で」
「そうですか。ありがとうございます。
でも……僕は……」
「ええ、別人……なんですよね?」
そう言ったソフィアの表情は今にも泣きだしそうだった。
「……すみません」
俺はただただ謝ることしかできない。
この身体の持ち主から肉体を奪ってしまったのだ。人格は元の人物とは全く異なっており、記憶も受け継いでいない。
彼女からしたら、俺は親しい間柄の相手を奪った仇のような存在だ。
「でも……それでも……目を覚ましてくれて嬉しいです。
本当にもう……声も聞けないかと思っていたので……」
そう言って目元に滲んだ涙を指で拭うソフィア。
そんな彼女の姿を見ていると胸が痛む。
「ここは冷えるから、中へ入りましょう」
「そうですね……」
俺はソフィアを部屋へと入れて窓を閉めた。
本当なら涙を流す彼女の肩を抱いてエスコートすべきなのだろうが、その気にはなれない。
俺たちの間には見えない壁が存在している。
あまりに大きな壁が……。