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198 初めてのお買い物

「あの男、役に立つと思いますか?」


 ギルドを出てファムと並んで歩く。

 アルベルトは一杯飲んでから帰ると言っていたので、好きにさせておいた。


「そうだなぁ……扱いやすいタイプだとは思う。

 明日のアイツの状況にもよるけどな。

 もしもの時は予定通り頼むぞ」

「ええ、分かっています」


 ファムはコクリと頷く。


「んじゃ、後は適当に街を見て回るか。

 ギルドの備品だけじゃ足りない物資とかあるだろうし。

 何を用意すればいいんだ?」

「武装はギルドの物を使えばいいでしょう。

 テントなどの設備も置いてあるでしょうし……。

 やはり必要になるのは食料ですね」


 やっぱり食べ物って大切だよな。

 リンゴとかジャガイモを買えばいいのだろうか?


 ちなみに、こちらにある食材の名前は俺が知っているものとほぼ一緒。世界観の設定に対して突っ込もうとは思わない。

 頭の上に星が並んだ設定の方をどうにかして欲しいよ。


 街の市場を歩いて回ると、豊富な種類の食材が並んでいる。

 果物、野菜、穀物類。

 肉と魚、香辛料。


 この国は割と裕福なようで、食糧事情はかなり潤っている。

 一文無しで追放された俺たちが食いつないで行けるくらいには、食料が簡単に手に入るのだ。


 それでも一般庶民が裕福に暮らせるだけの余裕はなく、毎日の食費を捻出するので精一杯。

 貧困層もそれなりにいて、街にはスラムっぽい場所まである。


 表面上は綺麗だけど、少しでも裏を覗けば目を覆いたくなる現実がそこにあるのだ。

 貧富の格差について深く考えていたら物語のジャンルが変わってしまいそうなので、これくらいにしておこう。


 俺は目を付けた食材をいくつかメモして相場を調べた。

 できるだけ安い価格で仕入れたいし、大量に購入する際には交渉して値引きもしておきたい。


 いくつか商品を買って、商人の人柄を見ておく。

 どの店の誰から仕入れるか、店選びはかなり重要。うまくいけば顔見知りになって、新しいビジネスに繋がるかもしれない。

 できるだけ良い印象を与えるように心がけよう。


 しかし……どの店の店主も買い物客たちも、口元を布で覆ったり帽子を深くかぶったりして顔を隠している。

 真昼だって言うのに、市場はひっそりと静まり返っていた。


 やっぱり英雄学校と同じで、他人からの評価を恐れて積極的に人と関わろうとしないんだな。

 俺のことを知らない店主たちも、顔を隠さないで行動しているのを見て警戒していたようだ。


 早く俺が絶対評価ポイマス持ちだってことを広めたいなぁ。

 そうしたら誰とでも気兼ねなく話せるのに。


「どうですか、初めてのお買い物は?」


 食材がたくさん詰まった買い物袋を抱えながら、ファムが尋ねて来た。

 こいつがメイドらしいことをしている姿を初めて見た気がする。


「楽しかったよ。

 むしろダンジョン攻略よりも、

 こっちで食っていこうかなって思った」

「明らかに商人向きの性格をしてますからねぇ」

「ああ……きっと冒険者よりもずっと楽に稼げるだろうな」

「でも、それをしないのは何故?」

「それは……」


 商人として生きる道もあると思う。

 というか、初めはそのつもりだった。


 だが……商売を始めるのは、冒険者ギルドの利権を手に入れてからでも遅くないと思う。


「最初はなんとなく、

 冒険者の仕事に興味が湧いただけだった。

 でも今は違う。

 この仕事をものにしたい」

「冒険者ギルドの経営に興味が湧いたのですね?」

「ああ……うまくいく気がするんだ」


 もしこの計画が軌道に乗れば、フォートン家を全員養う金くらいは簡単に稼げるようになるだろう。

 屋敷を追い出されたアルベルトもそれなりに面目を保てると思う。


 俺はただ、みんなの日常を取り戻したいだけだ。

 屋敷で暮らす裕福な生活は無理だとしても、せめて飢える心配がなく、安心して暮らせる環境を作ってやりたい。


 それが……ウィルフレッドの身体を乗っ取ってしまった俺が、皆にできるせめてもの償いだと思っている。


 まぁ、これはほとんど建前。

 本音を言えばもっと大きなことをしたい。


 こちらの世界で生活を続けて、少しずつ適応し始めている。

 ネットもテレビもラジオもない、情報端末が一切存在しないこの世界。どれだけの成功がおさめられるか、自分の可能性を試したくて仕方がないのだ。


「ふふっ……やはり、サトルさまは素敵ですね。

 もっと早く出会いたかったと思います」

「そしたら、冒険者家業で一儲けできたかもな」

「アナタは一切戦わないでしょうけどね」

「ああ、戦うのは苦手だ」


 ゴッツやコルドと戦った時はなんとかなったが、完全に綱渡りのような状態だった。

 下手したら死んでいたかもしれない。


 できれば、命の危険がない場所でぬくぬくと働きたいものだ。


「すみません、そこのお方」


 不意に後ろから声をかけられた。

 振り返ると老齢のエルフの男が立っていた。


 緑色のマントを着た長い白髪の男。

 こけた頬に痩せぎすの身体。

 美しく整えられた口ひげ。


 背中には大きな弓を背負っている。

 狩人なのだろうか?


「あなたは……まさか?」

「やはり、ファム殿でしたか。

 お久しぶりです。

 会うのはいつぶりでしょうか?」


 どうやらその老人はファムと知り合いのようだ。

 彼の正体とは。

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