196 感覚で理解する
「ファム、呼んできてもらえるか?」
「かしこまりました」
俺はファムに頼んであいつを連れて来てもらうことにした。
「なんだ……誰か一緒に来てるのか?」
「ええ、誰もが知ってる有名人を連れてきました」
「悪いが、誰に何を言われたところで、
俺の心が動くわけじゃないぞ」
バートンは不機嫌そうに言う。
誰かに何か言われたところで、彼の心は動いたりしないだろう。
根本的な問題は何も解決しないからだ。
だけど……もし。
彼の抱えている問題を解決できる力を持った人が現れたら、態度も変わるのではないだろうか?
「そう言えばバートンさん。
鑑定スキルを他の仕事に生かすつもりは?」
「バカ言え、こんなクソスキルで何ができるって言うんだ」
「色々な可能性が考えられますけどね。
商売をするとしたら、大いに役立つと思いますが」
「商売なんて俺には無理だ」
彼はどうしても自分を信じられないらしい。
気持ちは分からなくもないが……。
「どうして無理だと?」
「俺は文字が読めねぇんだよ。
数の計算もろくにできねぇ。
冒険者以外にできる仕事なんて……」
文字が読めない?
「鑑定スキルって、
文字で情報を得るんじゃないんですか?」
「は? なんでそう思った?」
「いや……その……なんとなく」
鑑定って言うくらいだから、文章で解説された映像が視界に映し出されるのかと思ったが、どうやら違うらしい。
もしかして音声解説とか?
「鑑定スキルはなぁ、感覚で理解するんだ」
「感覚……ですか?」
「ああ、魔物が現れたとするだろ?
そいつにスキルを使ったとする。
するとだな……どこが弱点で、どの行動が危険なのか、
感覚でなんとなく分かるんだよ」
「なるほど……」
つまり言語化するのは難しいのか。
「スキルで得られた特徴を説明できます?」
「まぁ、できなくもねぇけどよ。
面倒くさいなぁ」
なるほど、バートンの人柄と、再就職できない理由がなんとなく分かって来たぞ。
この人は文章によるコミュニケーションが苦手。
人と関わること自体は問題ないようだが、自分の知っていること、考えていることを文章化し、誰かに伝える能力が欠如している。
スキルを職業に生かせないのもこれが原因。
おそらく彼が現役の頃、スキルによって得られた情報を武器に敵と戦っていたのだ。
常に仲間たちの前に立って。
彼が冒険者として名をはせたのも分かる気がする。
戦闘で有利になる情報をスキルによって得ていたわけだから、彼が活躍できたのも当然だろう。
課題は彼が取得した情報をどう他の人に伝えていくかだな。
まぁ、これは俺の得意分野なので問題はないだろう。ダルトンと殴り合いで勝利するよりもずっと楽。
「お待たせしました」
ファムが戻って来た。
彼女が連れて来たのは――
「……誰だよ?」
「私はアルベルト・フォートン。
かつて英雄として名をはせた男だ。
ご存知かな?」
アルベルトは落ち着いた口調で言う。
「え? あの?」
「ああ、本人だ」
「嘘だろ?」
「嘘だと思うのなら、証拠を見せてもいいが?」
「どうやって?」
「お前を一秒足らずで瞬殺できる」
アルベルトらしくない無礼な物言い。
しかし、そんな言葉がバートンの心をつかんだのか、彼の態度は一変する。
「ははっ……本当に本物?
握手してもらえるか?」
「ああ、お安い御用だ」
アルベルトは右手を差し出して、バートンと握手を交わす。
「へへへ……マジで本物に会えるとはなぁ」
「まだ本物だと証明できていないと思うが?」
「俺は鑑定スキルの使い手だからな。
偽物と本物の違いくらい分かるんだよ」
確か鑑定スキルは人間には使えなかったと思うが、バートンは長年の経験と勘でアルベルトを本物だと判断したのだろう。
本当にそう思っているのか疑問だけど。
「それで……アルベルトさん。
どうしてこんなところに?」
「理由は息子から聞いてくれ」
「え?」
「お前の目の前に座っているのが、俺の息子だ」
「へぇ?」
呆けたように俺の方を見るバートン。
「ええっと……アルベルトさまの息子様?」
「はい、そうですが」
「いやぁ、これはこれは。
大変失礼しました。
今までのご無礼をお許し下さい」
彼は無理やり笑顔を作って、テーブルに両手をつき頭を下げる。
あまりに態度が変わりすぎだ。
「いや……無礼だなんて、そんな」
「へへへ。
これでも人を見る目は確かなんですがね。
アルベルトさまのご子息だとは存じませんでした。
なんでも協力させていただきますので、
是非ともよろしくお願いします」
「ダンジョン攻略に協力してくれると?」
「報酬次第ですが、ね」
そこは抜け目がないんだな。
多分だけど、彼が態度を変えたのは金のためだ。
アルベルトなら報酬も弾んでくれると思ったのだろう。
有名人だし、金も持っている。
貧困で苦しんでいる彼が露骨に態度を変えるのも無理はないか。
だけど……。
俺は憮然とした態度でバートンを見下ろすアルベルトへ目をやる。
文無しのくせに、よくもまぁ堂々としていられるものだ。




