192 前回との違い
俺はダルトンと向かい合う。
この前とは違ってパンイチスタイルにはならず、服を着たまま戦いに臨む。
ハンデとしての頭部への防具も身に着けていない。
というかそもそも顔面への攻撃はNGなので、頭部に防具を装備してもあまり変わらない気もする。
おんなじだ、おんなじ。
「今度は良いところを見せてくれよ。
俺は何されても平気だから本気で来い」
余裕たっぷりな様子でダルトンが言う。
俺を馬鹿にして見下しているというより、強者が弱者を労わって言葉投げかけているように感じた。
彼なりに気を使っているのだろう。
下手に馬鹿にされるよりもショックだぞ……これ。
ダルトンにとって俺はもう対等な相手ではないのだ。
はるか格下の相手。
本気を出したらかわいそう。
そんなことを思っているのかもしれない。
「ああ……もちろんだ」
「んじゃ、始めますか」
ダルトンはそう言って両手を構える。
俺も同じようにするが、彼と比べたら不格好に見えるだろうなぁ。
軽い殴り合いから始まり、ローキック、ハイキックが飛んでくる。
ダルトンの攻撃は流れるように決まり、俺はたまらずにダウン。
ファムがすぐに止めに入り、俺が態勢を整えたら試合再開。
次のゲームが始まる。
ダルトンの攻撃パターンは多種多様。
蹴りも殴りもいつどこから飛んでくるのか分からない。鋭く突き出される拳は確実に俺の身体を捕らえ、ボディを少しずつ蝕んでいく。
正直、立って向かい合っているだけでも辛い。
顔面への攻撃が禁止されているからよいものの、禁止されていなければダルトンは秒で俺をノックダウンできただろう。
こいつのアッパーを防げる気がしない。
このままでは前回の二の舞だと思い、何とか反撃できないか策をめぐらせる。
ふと、あることを思いだした。
手押し相撲をしたとき、ダルトンは俺の繰り出す技になすすべもなく翻弄され、簡単に倒されてしまったのだ。
彼はゲームをよく知らず、こちらが繰り出す技に初見で対応できなかった。
ということはつまり、彼が想定していない技を使えば、俺にも勝機があることを意味する。
しかし……想定しない技ってなんだろうな?
ダルトンは殴り合いでは普通にフェイントを使ってくるし、わざとよそ見をしてこちらの視線を釣ろうとしてくる。
これらの行動は今までの喧嘩の経験から習得した技であり、直感で行っている可能性がある。
つまり、いちいち考えて動いていないのだ。
殴り合いに特化した彼の戦闘スタイルは、他の技を全く想定していない。
攻撃パターンも殴るか、蹴るか、のどちらかだ。
つまり――
「ぐわっ!」
俺は強烈な前蹴りを食らって吹っ飛ばされる。
尻から地面に投げ出され、仰向けに倒れた。
「ふぅ……これで50勝だな」
俺を見下ろしながらダルトンが言う。
「やれやれ、この前と全く変わらないぞ。
少しは善戦してくれると思ったんだけどなぁ」
「大丈夫だ、これから逆転する」
「へぇ……言うじゃん」
よろよろと立ち上がる俺を見て、ダルトンはきりっと表情を引き締めて拳を構えた。
彼は本気で俺と向かい合っている。
しかし、決して手加減していないわけでもなく、俺が倒れたら追撃せずに手を止めるし、執拗に追いかけまわしたりもしない。
本能で行動しているように見えて、どこか冷静なままなのだ。
これは俺が彼に認めてもらうための試練。
一回でも勝たなければ、永遠にお荷物のまま。
俺が一人でも大丈夫だってことを証明して、リーダーとして認めてもらうんだ。
でないと……。
「がはっ!」
きつい一発を腹にもらい、膝から崩れ落ちる。
ダメだ……これ。
一発、一発が重すぎる。
ダルトンは一瞬で距離を詰めて強烈な一撃をお見舞いしてくる。
次々と繰り出される連続攻撃。
俺の目ではとてもさばききれない。
どうすればこいつに勝てる?
どうすれば――。
「サトルさま」
腹を押さえてうずくまっている俺に、ファムが耳元でささやく。
「前回と今回とでは状況が違います。
どう違うのかよく考えてみて下さい」
「…………」
前回と違う?
どう違うって言うんだ?
場所が訓練施設から俺の家になっただけで、まったく同じじゃないか。
何を言っているんだこいつは。
「どうした、もうあきらめるか?」
「いいや……まだだ」
俺は何とか立ち上がった。
ファムはさっと離れていく。
「次で80戦目だ。
前回はそこでストップがかかったけど、
今回はまだ続けられそうだな」
「ああ……」
もう80回も戦ったのか。
80回も負けたってことだけどな。
「じゃぁ……行くぜ」
両手を構えるダルトン。
奴の服は綺麗なまま。
俺の方は土まみれ。
何度も倒れているので、そりゃ服も汚れる。
いい加減に奴の身体にも…………。
…………あっ。
俺はファムの言う違いに気づいた。
前回と今回とでは大きく状況が異なる。
確かに彼女の言うとおりだった。
これは……行けるかもしれない。
絶望的な状況の中に一筋の光明が差した。




