191 一回でもいいから勝ってくれ
「はぁ……本当にやるのかよ」
食事を終えた俺たちは場所を移動し、フォートン家が住まいにしている小屋の庭へとやって来た。
ここで今から俺とダルトンの決闘が始まるのだ。
決闘と言っても、このあいだの続き。
金的と顔面への攻撃を禁止して、相手が地面に尻か手をついた時点で負けという単純なルールの格闘戦だ。
スキルも使ってはいけないので、俺とダルトンは対等な条件で戦える。
それでも、俺は彼に勝てる気がしない。
何度やっても結果は同じだと思う。
「ええ、もちろんです」
「でもさぁ……」
「彼に一勝もできないままでは示しがつきません。
せめて一矢報いなければ」
「ううん……」
どうやって一矢報いろというんだ。
やるまでもなく結果は見えている。
俺は物を考えて行動するが、ダルトンは直感で動く。
まったく別のタイプなのだ。
戦闘向きなのは間違いなく直感型の方。
俺が思考を巡らせている間に、あいつは直感で手足を動かす。
ガードだの攻撃だのいちいち頭の中で考えていない。
そんなやつにどう対抗しろと?
「なぁ……せめてさぁ、も少し訓練させてくれよ。
俺だってそれなりに戦い方を覚えてからでないと、
喧嘩慣れしたダルトンには勝てないぞ」
「戦いに慣れていないのは相手も同じです。
言ってはなんですが、彼はまったくの素人ですよ。
実戦で通用するとは思えません」
ファムは少し離れた場所にいるダルトンに目を向ける。
切り株に腰を下ろしてアルベルトと何か話をしていた。
「でもアイツは……」
「戦わずに済む理由を探すのはやめて下さい。
彼はアナタが仕掛けたゲームに、
何度負けても諦めずに挑戦し続けました。
一度も弱音を吐かなかったと思いますが?」
「それは……」
手押し相撲はタダのゲームだ。
殴り合いとは違う。
「アナタが優位に立てたのは、
ゲームのコツやテクニックを熟知していたから。
立場が逆だったらどうでしたかね?
アナタは途中でゲームを放棄していたのでは?」
「…………」
「それに引き換え、ダルトンさんの懐の深さと言ったら。
彼はいまだにアナタを待ってくれています。
こうして挑戦を受けてくれたのも、
彼がアナタに期待しているからでは?」
「そうかもしれないな……」
なにも言い返せない。
「でしたら、いい加減、覚悟を決めて下さい。
これ以上、失望したくありません」
「分かった、やるよ」
俺はようやく覚悟を決め、ダルトンと戦うことにした。
正直、こいつに勝ったからと言って、劇的に強くなるわけでもない。
純粋な殴り合いで叩けるのは体格差のない人間くらいで、モンスターが相手だと格闘術なんてなんの意味もなさない。
だから……この戦い自体に意味があるわけではないのだ。
ただダルトンと戦って、俺が勝利したという結果が残るだけ。
「んじゃ、そろそろ始めますか」
準備運動を終えたダルトンが背筋を伸ばしながら言う。
彼の近くでアルベルトが薪割りの手を休め、地面につけた斧に手を置きながら俺の方を見ている。
恥をかかすなと言っているかのよう。
この借り物の身体でボコボコにされたら、アルベルトは面白くないだろう。
なんとか結果を出さなければなるまい。
「ウィルフレッドさん、無理しないでくださいね」
心配そうにカテリーナが言う。
彼女も不安に思っているようだ。
「大丈夫ですよ、安心して下さい」
「でっ……でも……」
この前の戦いっぷりを見て、安心できるはずがない。
またボコボコにされるのではと不安に思うだろう。
俺はダルトンに勝つ方法が分からない。
どうやったらあいつを倒せるのか、想像すらできないのだ。
そんな状況でまともに戦えるだろうか?
不安しかないぞ。
しかし、そんな心の内を顔に出したら、カテリーナは心配する。
だから……。
「俺は必ず勝ちますよ。
俺がリーダーなんだって、認めさせてやります」
俺は自信満々に胸を張って言う。
もちろん、見せかけだけだけども。
「頑張って下さいね、応援してますから」
そう言ってほほ笑むカテリーナ。
彼女の後ろでファムが鋭い視線を俺へと向けていた。
頼む、一回でもいいから勝ってくれ。
剣呑な視線にそんな願いが込められていると感じた。




