19 もう既に結婚した気でいるようです
「失礼します」
ノックをして書斎へと入る。
横に長い大きなデスクに座るアルベルトと、その前に立つマイスがこちらを向く。
「お話の途中で申し訳ありません。
僕も話し合いに参加した方がいいかと思って……」
「…………」
アルベルトが俺に視線を送る。いつも話をするときは穏やかな表情の彼だが、険しい顔で視線を向ける。
この話し方だと他人行儀過ぎてマイスに中身が別人なのがばれる。そう言いたげな印象をうけた。
「えっと……俺のことだから、俺が決めた方がいいかなって」
言ってから不安になる。
ウィルフレッドの一人称って俺だったのかな?
日記を読んだ限りではよく分からない。
「そうだな……決めるのはお前だ、ウィルフレッド。
すでにマイスさんから話は聞いているだろう。
彼女のオファーを受けるのか?」
「ああ、もちろん受けるつもりだ」
俺がそう言うとマイスはホッと胸をなでおろす。
「ああ……良かったですわ。
わたくしの想いが無駄にならなくて。
正直、不安でしたの。
出過ぎた真似をしてしまったのではないかと」
「ええっと……」
マイスになんて声をかけようか。
さっきまでの丁寧な口調でしゃべった方がいいのかな?
「悪かったな、マイス。心配かけてさ」
「確か……お前とマイスさんは普段から、
ある程度距離を置いて話していたような気がするが。
今の口調は失礼ではないか?」
アルベルトが言う。
しまった、さっきまでの態度の方がデフォだったのか。
「いいえ、構いませんわ。
我が夫となる方ですから、
多少は砕けた口調の方が、親しみが持てますの。
これからはそのような接し方でお願いしますわ」
「ああ……そうですか」
「…………」
返事の仕方がまずかった。
マイスは不審そうな顔で口をへの字に曲げる。
ううん……態度の切り替えが難しい。
「まぁ……なにはともあれ。
これでお前の働き口が決まったな。
あとは……次の住まいを探さないといけない。
ウィル、悪いが探しておいてくれるか?」
「ええっと……いつまでに?」
「今週のうちに」
いきなりアルベルトからの無茶ぶり。
んなもん、どないせぇちゅうねん。
この世界へ来たばかりで勝手が分からん。
いまだに屋敷の外へだって出たことがない。
「それなら、わたくしが紹介して差し上げますわ!
予定が空いた日に一緒に物件を見て回りましょう。
明後日当たり、どうかしら?」
「ええっと……」
俺はアルベルトへ視線を向けて助言を請う。
彼は深々とため息をついた。
「行ってきなさい、ウィル。
せっかくマイスさんがこう言ってくれているんだ。
断ったら失礼だろう」
「そっ……そうですね」
「…………」
つい口調が元に戻ってしまった。
アルベルトは不安そうに俺を見ている。
「わっ……悪いなぁ。何から何まで世話になって」
「お気になさらないでください。
夫を支えるのは妻の役目ですので」
「…………」
もう結婚した気でいるのか、この人。
気が早すぎだろう。
「ふふふ……実に頼もしい人じゃないか。
素敵な女性に見初められて、お前も幸せだな」
笑いながらそういうアルベルトだが、目が笑っていない。
下手こくんじゃねぇぞと無言で圧をかけられた。
……気がした。