189 地獄への片道切符
英雄学校から冒険者ギルドのある町まで、徒歩で片道3時間以上はかかる。
なので、馬車を使って移動することにした。
ちなみに魔道艇もあるにはあるが、学生が自由に使えるほど数がない。
屋根のない荷台に乗り込み、俺とダルトンは向かい合って腰を下ろす。
カテリーナさんがどちらの隣に座るか見ていたら、彼女は俺の隣へと腰を下ろした。
向かい側でダルトンがニヤニヤしているが無視しよう。
空は青々と晴れ渡っている。
実に良い気持ちの晴れ模様なのだが、俺の気分はどこか曇っていた。
やはり、ファムのことが気になる。
「なぁ……ファムの姉さんは一緒じゃないのかよ?」
馬車に荷台で揺られながらダルトンが尋ねてくる。
「あいつとは色々あってな」
「色々って……私と別れた後に、ですか?」
隣に座っていたカテリーナがこちらへと身を寄せてくる。
たわわなおっぱいが俺の腕にぼいんぼいん。
「まぁ……そうだね」
「私には何もしてくれなかったのに……。
ファムさんとは……」
なんか変な誤解をしてるな、この子は。
俺は慌てて両手を振って否定する。
「いやいや、ファムとは別にそんな関係じゃないですよ。
本当に彼女とは何もありません」
「本当……ですか?」
俺の腕に絡みついて潤んだ瞳を向けてくるカテリーナ。
ファムと大人な行為をしたいとは思えない。
というか、死んでもごめんだ。
「ええ、本当ですよ」
「じゃぁ、どうして昨日は……」
「ええっと、それは……」
「なんだよ、結局やってねぇのかよ」
ダルトンがつまらなそうに言う。
「お前なぁ……本人がいるところで……」
「別に構いやしねぇだろ。
邪魔しようと思ってるわけじゃないし。
ここには俺たちしかいないだろ。
なんだったら、二人の関係を応援してやってもいいぜ」
ダルトンはカテリーナに向かってウィンクする。
「え? 本当ですか?」
「ああ、マイスさんから略奪したいんでしょ。
別に構わねぇんじゃねーかって俺は思ってるよ」
「そんな……略奪だなんて……」
ダルトンの言葉に戸惑うカテリーナだが、彼の言っていることは間違いではない。
彼女のしようとしていることはNTRだ。
親友への裏切り行為に等しい。
まぁ……それを受け入れようとした俺も、大概なんだけどな。
「今更、純情ぶってんじゃねーよ。
さっさと既成事実を作っちゃえばいいじゃねぇか。
それとも何か?
身体の関係だけで満足して身を引くっていうのか?
一番になりたいと思わねぇの?」
「おい、ダルトン。お前いい加減に……」
さすがに聞いていられなくなって、彼の言動を咎めた。
カテリーナに対してあまりに失礼だろう。
「わりぃな、俺こういうやつだからさ。
一緒にやっていけねぇって言うんなら、
今からでも降りてくれねぇか?
他のメンツ集めればいいだけの話だし」
「大丈夫です。
別にあなたと仲良くしたいと思っていないので」
ダルトンの言葉にきっぱりと言い切るカテリーナ。
「へぇ、いいじゃん。ハッキリしてて」
「逆にお尋ねしますけど、
私とパーティーを組んでも大丈夫でしょうか?」
「俺の方は問題ないぞ。
お互いに隠し事とかしないでオープンに行こうぜ。
そっちの方がやりやすくていいわ」
ダルトンはそう言ってけらけらと笑う。
裏表がない性格と言えば聞こえはいいが、コイツは何の考えもなしに思ったことを口に出すタイプ。
ちょっとしたことでトラブルの元になりそう。
言っても治りそうもないので放っておくしかないが、ダンジョン攻略中に変なことにならないか心配だ。
「隠し事をしない……ですか。
では是非ともお聞かせ願いたいのですが、
ダルトンさまが好意を寄せている方はいますか?」
「俺? ああ、ファムの姉さんがタイプだなぁ」
え?
こいつ今、なんて言った?
「ダルトン、お前……」
「お? なんだよウィル?
ファム姉さんとは、なんでもないんだろ?
じゃぁ、俺がもらってもいいよな?」
ダルトンはファムを狙っているらしい。
自殺行為でしかないので全力で止めることにした。
「悪いことは言わない。
ファムだけはやめておけ」
「は? なに? 俺に取られるのが嫌なのか?」
「そう言うことじゃ……」
「じゃぁ、いいじゃん」
よくないじゃん。
親友が地獄への片道切符を手に取ろうとしてたら、全力で止めるに決まってるじゃん。
しかし、どう言ったら納得してくれるだろうか?
事実をありのまま伝えるか?
「ダルトン、よく聞いてくれ。
この世には関わっちゃいけない奴が存在する。
その中の一人がファムだ」
「ミステリアスな魅力を持った女性ってことか?」
「違う、あいつはヤバイ。
何がヤバいかうまく言えないが、とにかくヤバイ。
後で絶対に後悔するからマジで止めとけ。
ファムだけはやめておけ」
「誰がヤバイ女ですか?」
「え? うわぁ?!」
気づいたら隣にファムがいた。
「びっくりした! 本当に急に現れるよな!」
「それで、誰がヤバイ女ですか?」
彼女はこちらを見ようともせず、済ました顔をしている。
「お前だよ、お前。他に誰がいる?」
「人のことをヤバイ女呼ばわりなんて、失礼な人ですね。
一体私の何を知っているというのですか?」
ヤバイ性癖を持ってるってことは知ってる。
そのことをダルトンに伝えなければ。
「なぁ、ダルトン。
こいつはこう見えて実は……」
「若い男の子を虐めるのが大好きな変態です。
どうぞ、よしなに」
ファムはにっこりとほほ笑む。
もうやだ、この駄メイド。




