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183 私が殺したも同然

「どうされたんですか?」


 首をかしげるカテリーナ。

 それを目にした途端、俺の中で急激に性欲が減退していく。


 こんな状況でことに及べるはずがない。


「ゴメン、カテリーナさん。

 俺今日はちょっと別の部屋で寝るよ」

「え? 私が何か失礼なことでも……」

「それはない! 断じて違う!

 理由は別なんだ! 話せないけど!」

「え? え?」


 俺は壁に掛けてあった執事服を取り、慌てて着替える。


「本当にどうしたんですか?

 もしかして私、気持ち悪かったですか⁉」

「違うんだ! カテリーナさんのせいじゃない!

 全部……全部あのクソ駄メイドのせいなんだよ!」

「え? ダメイド?」

「だから気にしないで。

 わけは後で詳しく話すから!」

「……はぁ?」


 要領を得ない俺の返答に、ますます困惑するカテリーナ。


 彼女を困らせてはいけないと思って、何度も頭を下げて謝罪する。

 それはもうペコペコと何度も。




 ばったーん!




 俺はカテリーナの部屋を飛び出して、廊下を隅々まで見渡す。

 あいつの姿は何処にも見えない。


 ここで大声を出したら騒ぎになるだろうから、とりあえず寮の外へ出ることにした。


 夜はまだ明けておらず、あたりは真っ暗闇。

 明かりは寮の入り口にある照明くらい。


「ファム、どこだ! 出てこい!」


 俺が呼びかけると、ファムが目の前に姿を現した。


「せっかくのお楽しみでしたのに。

 途中でやめるなんてもったいない」

「お前がいなかったら最後までしてただろうな。

 人のプライベートを覗くとか最低だぞ、お前」

「ふふっ、怒らせてしまいましたね」


 ファムは嘲笑気味に笑う。

 今回ばかりは本気でぶんなぐってやろうかと思った。


 俺がカテリーナの背後に見つけたもの。

 それはこいつが生成する影だ。


 離れた場所に影を生成できるファムは、それを通して覗きや盗聴ができる。カテリーナの部屋に影を生成して、俺たちの様子を観察していたのだろう。


 覗かれていたと思うと、かなり気分が悪い。

 最悪だ。


「お前さぁ……俺はともかく、

 カテリーナさんが可哀そうだろうが。

 プライバシーを侵害するなよ」

「私はただ、サトルさまの安全を確認したかっただけです。

 覗き魔だなんて人聞きの悪いことを言わないでください」


 コイツ……いけしゃぁしゃぁと!


 あまりの態度に怒りが頂点に達する。

 コイツ、一発でいいから殴りたい!


 でも……そんなことしたら俺がボコボコにされる!


「俺の安全ね。確認する必要もないだろうが」

「いえ、いつなん時、何が起こるか分かりません。

 彼女も信用ならないと思いますが」

「は?」


 こいつはカテリーナを信用してないのか?

 あんなにいい人なのに⁉


「お前……マジでそれ、言ってんの?」

「ええ、何か変な事でも言いましたか?」

「仲間を信じられないとか、終わってるぞ、お前」

「ふふっ」


 俺の言葉に失笑するファム。


「……何がおかしい?」

「いえ、どの口が言うのかと。

 前世で嘘をつき続けて、嘘の嘘を重ねて、

 今のアナタが出来上がったというのに」

「なっ……」


 こいつは俺の過去を知っているのか?

 いや……そんなはずはない。


 俺は誰にも話していないはずだ。

 しかし……寝言までは分からない。

 もしかして知らないうちに寝言を聞かれていたとか?


 だけど寝言くらいで……。


「お前……」

「アナタの態度を見ていれば分かりますよ。

 今のサトルさまはフェイクそのもの。

 嘘を積み重ねて形作られた、人の形をした嘘。

 本当のアナタの気持ちは何処にあるのでしょう?」

「おっ、俺は……」

「まさかソフィアさんやマイスを幸せにするのが、

 あなたの本心だとでも?

 だとしたら、あまりに薄っぺらい本音ですね。

 カテリーナさんとあんなことをしようとして」


 ファムの言葉に何も言い返せない。


 確かに俺はカテリーナを抱こうとしたさ。

 でも、それはただの成り行きというか、流れというか。


「あなたのような人間が、マイスを幸せにできると?

 ソフィアさんを笑顔にできると?

 かりそめの関係で満足しているあなたに、

 本物が手に入れられると思いますか?」

「…………」

「どうやら反論する言葉もないようですね」

「いや……」


 俺は一つだけ言い返したいと思った。


「お前だって嘘をついてるだろ。

 お父さんのことで」

「……え?」


 俺の言葉に、固まるファム。


「お前、お父さん殺してないだろ」

「は? 何を根拠に?」

「根拠はこれだ。ステータスオープン」


 俺はステータス画面を開く。


「お前に俺の秘密を話してやる。

 マイスから聞いてると思うが、この世界には主人公がいる。

 ことわりを司る神が世界の運命を託した存在。

 それが俺だ」

「……いったい何の話を?」

「黙って聞け。

 いいか……主人公には特別な能力が備わってる。

 俺が持っている絶対評価ポイマスとは別にな。

 それが『お気に入り登録』だ」


 俺はお気に入り登録した人物の中からファムの名前を探す。

 地味に検索機能が付いているので、時間はかからない。


「『東のエルフの森にて、はるか東から来た戦士とエルフ族の間に生を受ける。幼いころから特別な戦闘訓練を受け、SINOBIとしての技を身に着ける。森を出てからは傭兵として働くが、アルベルトに命を救われ忠誠を誓う。以後、フォートン家に仕える忠実な僕となった』

 これが……お前のプロフィールだ。

 お気に入り登録すると、その人物の概要を知ることができる」

「だから……なんだと……」


 ファムは恐ろしい者でも見るかのように、俺を見つめる。


「このプロフィールには重要な出来事が必ず記載される。

 これは誰を登録した時も同じ。

 お前のプロフィールには父親の殺害についての記述がない。

 つまりお前は……お父さんを殺してないだろ」

「違います!」


 ファムは大声を上げた。


「父は私が殺したんです!

 私が……私が殺したも同然です!」


 彼女はそう言い捨てて、影の中へと消える。

 一人残された俺はその場に立ち尽くした。


 ほほを撫でる夜風が身体を冷やす。

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