177 俺が強くなるまで
どすっ。
鈍い音が響く。
ダルトンの拳が俺の脇腹へと食い込み、強烈な痛みが走った。
「ぐっ……」
「そこまで」
ダルトンは追撃をくわえようとするが、ファムが間に入って止める。
彼はつまらなそうに舌打ちをすると、少し離れた場所まで歩いていった。
「大丈夫ですか、サトルさま」
ファムが小声で尋ねて来た。
ああいう態度を取っていたが、やはり俺がボロボロに殴られる姿を見ていると心配になるらしい。
「大丈夫だ……今は、まだ」
「その調子です。早く立ってください。
あなたならきっと彼に勝てるでしょう」
「だと良いんだけどな」
俺はふらふらする足に無理やり言うことを聞かせ、なんとか身体を起こした。
あちこちがズキズキと痛むが、まだ戦える。
限界には達していない。
「へぇ、まだ戦うつもりなんだ」
ダルトンは顎を上げて俺を見ながら言う。
彼の表情から、遠回しな「やめておけ」というメッセージが読み取れた。
彼からしたら無謀な戦いに思えるのだろう。
何せ、まともに一発も食らわせていなかったからな。
腕相撲や手押し相撲とは違って、ガチの殴り合いは基礎的な運動神経がものを言う。
彼と俺とでは確実にその点で差があった。
工夫してもなかなか勝つのは難しいが、ダルトンとの戦いは避けては通れない道だ。
少なくとも最低限の実力があると彼に認めさせなければ、俺とパーティーを組みたいとは思えないだろう。
「ああ……もう一度、頼む」
「さっきので36敗目だ。
50戦目までに終わるといいな」
「そうだな……」
100戦目が遠い。
と言っても、俺はそこまで続けるつもりはない。
なんとしてでも100戦目までにこの試合を終わらせて、さっさと次へ行きたい。
そう思っていたのだが……。
50戦目
「ぐわっ!」
60戦目
「ごほっ! げへっ!」
「ウィルフレッドさん⁉ 大丈夫ですか?!」
70戦目
「ひゅー……ひゅー……」
「おいおい、もう止めた方がいいんじゃねーか?」
80戦目
「っ……」
「ウィルフレッド様……」
100戦目を迎えるまでもなく、俺の身体はボロボロになってしまった。
80戦目を超えたあたりで身体に力が入らなくなってしまい、意識もはっきりしない。
ぼーっと立っていたら、ふらっと身体がよろけて倒れそうになってしまう。
ファムが身体を受け止めてくれたのだが、支えてもらえないと立っていられない。
「今日はこの程度にしておきましょう」
「でっ……でぼ……」
「私が無理を言い過ぎました。
あなたには荷が重かったようですね。
申し訳ありません」
「くそっ……」
日ごろからファムに馬鹿にされ、見下されてきた俺だが、こんな場面で優しくされると悔しくなる。
コイツが優しくなるって相当だぞ。
「お前はよく頑張ったよ、うん」
ダルトンが何もかも諦めたかのように言う。
彼はもう俺には期待していないのだろう。
「ダンジョンの中では、俺がお前を守ってやるよ。
荷物運びとかしてくれればいいからさ。
ファムの姉さんがいればなんとなるだろ。
回復役のカテリーナさんもいるし」
「もしウィルフレッドさんが怪我をしたら、
私が治して差し上げますね」
ダルトンだけでなくカテリーナからも憐みの目を向けられ、心底情けない気持ちになる。
はぁ……本当に弱いな俺。
喧嘩に自信があったわけじゃない。
別に自分が強いとも思っていない。
でも……そこそこいい線まで行くと思っていた。
ダルトンなんてマイスやソフィアと比べたら、取るに足らないモブキャラみたいな強さしかない。
防御スキルは非常に強力ではあるものの、身体機能は一般人レベル。
決して勝てない相手ではないはずだ。
にもかかわらず、俺は手も足も出なかった。
ダルトンが喧嘩慣れしているとはいえ、この結果は正直言って情けない。
80回以上戦って、一度も勝てなかったのだ。
それどころか最初に決めた100戦目まで身体がもたなかった。
「はぁ……」
あまりに情けなくて肩を落とす。
どうしようもないな。
「ウィルフレッド様、そう落ち込まないでください。
今から少しずつ訓練を重ねて強くなればいいのです」
「なぁ……ファム。
俺が強くなるまでダンジョンは待ってくれるか?
他の生徒が攻略しちゃうんじゃないのか?」
「それは……」
多分だけど、地道に訓練なんてしていたら間に合わない。
実戦で戦えるレベルになるまで、いったい何日かかる?
悠長に訓練を続けている暇などない。
俺は一刻も早くパーティーに貢献できる特技を身に着けないといけないのだ。
俺にしかできない、俺だけの役割を見つけよう。
もちろん、荷物運び以外で。
「なぁ……」
ダルトンが遠くの方を見ながら言う。
「ダンジョンで何かあったみたいだぞ」
「……え?」
「黒煙が上がってる。何かめっちゃ燃えてるぞ」
「ええっ……」
嫌な予感がする。
俺のカンが正しければ原因はおそらく……と言うか、ほぼ間違いなく彼女だろう。




