174 手押し相撲
「ごりゅぺぺりぷっぽー!」
ブリッジの態勢を取りながら、奇声を上げるダルトン。
これは負けた方が行う罰ゲーム。
ちなみに考案者はカテリーナ。
俺が罰ゲームの内容を彼女に決めてもらったら、こんなへんてこな罰ゲームになった。
「なっ、何でこんな変なことを……」
「仕方ないだろ、負けたのはお前なんだから」
「いや……罰ゲームにしても意味が分からねぇよ」
「分からなくていい、罰ゲームなんてそんなもんだ」
カテリーナの考えた罰ゲームはよく分からない内容だが、繰り返すことで結構な負荷がかかると思う。
体力をつけるトレーニングとしてはいいかもな。
「ごっ、ごめんなさい。
私が変なことを言ったばっかりに……」
「いや、いいんだ。俺が負けたのが悪い。
次は俺が勝つぞウィル!」
「ああ、かかって来いよ」
次のゲームが始まる。
数分後、そこにはブリッジをしながら奇声を上げるダルトンの姿が!
コイツ……本当に弱いな。
かれこれ10回くらいやっているが、全て俺が勝っている。
理由は簡単にフェイントや罠に引っかかるから。
お互いに両手で押し合っている時に、こちらが急に力を抜いて手を引っ込めると、彼はそのまま勢い余って前に倒れてしまう。
逆に彼が手を引いて俺を誘い込もうとしている時、わざと勢いよく押すフリをすると、更に手を引いて背後に倒れる。
などなど。
とにかくダルトンは駆け引きが下手だ。
押す時は全力で押そうとするし、後ろに下がる時も相手のリアクションを確認しない。
責めるのも、守るのも苦手。
何で俺が押し相撲を提案したかというと、彼の技量を見極めたかったからだ。
ステータスをSTRに全振りしていると聞いて嫌な予感がしたので、技量を確かめたかった。
もともと彼には、様々な特技や知識がある。
魔道艇だって運転できたし、動力球の仕様についても教えてくれた。
だから決して無知ではないし、それなりに考える頭もある。
つまり、経験さえ積めば戦略を練って、対策を考えられるはずなのだ。
しかし……。
「ごりゅぺぺりぷっぽー!」
ブリッジをして奇声を上げるダルトン。
これで彼の20連敗。
俺の挙動を見てマネをしているようだが、恐ろしく要領が悪い。
動きだけ見て、それをトレースしているだけ。
動きをマネするのは誰でもできる。
しかし、どうしてその技が必要なのか、どうしてその動作をしなければならないのか。本質的に理解していないと、あまり意味がないのだ。
中には理論ではなく直感で動こうとする者もいる。
ダルトンもそのタイプだ。
しかし、こういった人間には弱点がある。
「うわあああああっ!」
またダルトンが倒れた。
何度も勝負をするうちに慣れてきた彼は、俺といい勝負をするようになるのだが、その都度新しい技を披露して彼に土をつけさせる。
押し合っている時に左右に力を入れてバランスを崩したり、猫だましをして驚かせたり、などなど。
ちょっと変わった挙動をとることで、ダルトンは簡単に倒されてしまった。
直観に頼るからこそ、予想外のアクシデントに対応できない。
むろん、それは計画をしっかり立ててから行動するタイプにも同じことが言えるが、ある程度理論が確立していないと、ゲームでは不利になってしまう。
「もう一度だ! もう一度!」
「いや、このゲームはおしまいだ」
「なんでだよ⁉」
何度も倒されたダルトンが悔しそうな表情を浮かべる。
「このゲームの目的はお前の実力を見極めることだ。
もうだいたいデータは取れたから」
「データ?」
「お前が本能に赴くまま突っ込んで行く奴だって、
よくわかったよ」
「ああ……そうだけど、それがなんだよ?」
座り込んだままキョトンとするダルトン。
こちらの手はだいたい明かしてしまったので、もう手押し相撲ではダルトンに勝てないだろう。
直感型の人間って経験を積むとすごく強くなるからな。
ダルトンは経験さえ積めば、いい戦士に成長するだろう。
問題はその前に彼が命を落としてしまう可能性が高いということだ。
彼は素直過ぎる。
思ったままに行動し、とりあえず動いて失敗し、経験を積み重ねて強くなっていくタイプ。
だから……もし、敵が予想外の挙動をしたり、想像もつかない攻撃手段を使ったら、コイツは間違いなく罠にはまる。
訓練ならまだしも、実戦で大失敗を侵せば命の危険に関わる。
この世界には復活の呪文も、残機という概念もない。
つまり死ねば即ゲームオーバー。
手押し相撲のようにコンテニューを繰り返して強くなるのではダメ。
ルール無用の世界で初見の敵と戦い、敵の行動を見極めて自身の安全確保に努めなければならないのだ。
死んでしまっては元も子もない。
「なぁ……負けたままじゃ悔しいよ。
頼むからあともう一回、やらせてくれないか?」
「俺がやっても、もうお前には勝てないよ。
どうしてもって言うんなら、ファムとやってくれ」
「え? このメイドさんと?」
ダルトンは怪訝そうな顔でファムを見やる。
彼女の恐ろしさを理解していないのだろう。
戦ったら間違いなく勝てると思っているようだ。
「ええ、構いませんよ」
「なぁ……言っちゃ悪いけどさ。
女と戦って俺が負けるはずないだろ」
「そう思うんなら、やってみろよ」
「ふん、泣かしても怒るんじゃねぇぞ」
鼻を鳴らして勝負を挑むダルトン。
何故か服を脱ぎ始めるファム。
驚愕する一同をよそに、ファムは涼しい顔で着ていたメイド服を脱いで素肌をさらした。
下着姿になった彼女の身体には、生々しい傷跡がいくつも刻み込まれている。
現役時代につけたものなのだろう。
ドン引きするダルトンの前に立つ彼女は不敵に笑う。
「さぁ……始めましょうか」
これからいったい何が始まるんです?
そう聞かれたのなら、俺はこう答えるだろう。
一方的な殺戮です……と。




