166 仮の住まい
「…………」
ぼんやりと考え事をしながら夜道を歩く。
隣にはファムがいる。
「いい加減にしっかりして下さい。
いつまでもそんな風では何もできませんよ」
「ああ」
「ショックかもしれませんが、どうか気を落とさないで」
「うん」
珍しくファムが優しい言葉をかけてくれたが、今の俺はその言葉にさえ反応できない。
ソフィアは俺を偽物だと言った。
それから異様に怖がって口もきいてくれなくなり、ずっとマイスの後ろに隠れて震えていた。
そんなに怖かったかな……俺。
いきなり俺をウィルフレッドじゃないと言ったソフィア。
いったい何がダメだったのか……分からない。
ソフィアがあんまり俺を怖がるもので、一緒にはいられないと思って英雄学校へ向かうことにした。
こうしてファムと二人で夜道を歩いているのはそのためだ。
「一つお聞きしたいのですが……
サトルさまはソフィアさんをどう思っているのですか?」
「え? どうって……そりゃ……」
友達以上の存在……だとは思っている。
彼女を幸せにするのが俺の目的。
そのために今まで頑張って来たんだ。
「特別な存在だと思ってるよ」
「だからダメなのですよ」
「は? どういう意味だよ?」
「サトルさまは自分のお立場を分かっていない。
あなたはウィルフレッドではなく、サトルなのです」
「そんなの分かってるよ」
「いいえ、分かっていません」
ファムはぴしゃりと言う。
「何が分かってないって言うんだ?」
「あなたがずっとウィルフレッドでいられると?
その保証はどこにあるのです?
サトルさまにとってその肉体は、
仮の住まいではないのですか?」
「え? ううん……」
俺がずっとウィルフレッドでいられる保証はないんだよな。
いつか本物が戻って来て、この身体から出て行けと言うかもしれない。
その時が来たら俺は……どうなるんだろうか?
「確かにお前の言う通りだ。
俺がずっとウィルフレッドでいられる保証なんて、
どこにもありゃしない」
「であれば、ソフィアさんやマイスとも、
ある程度距離を置くべきではないでしょうか。
最近、二人との距離が近いようで気になっていました。
特にマイスさんと」
「ううん……」
確かにマイスのことを可愛いと思っていたし、最近ちょっと俺の方から距離を詰めたりもしていた。
でも一線は超えないようにしてたぞ、一応。
「そんなに距離近かったかな?」
「私が小屋を出て行った途端に、
二人でいちゃつき始めたでしょう?
ソフィアさんが帰って来るのが遅かったら、
最後までしていたのでは?」
「それは……」
確かにちょっと危なかったな。
まぁ……ビリビリしてなきゃ、俺もそのまま受け入れてたんだろうけど。
「って、まるで見てきたかのように言ってるけど、
もしかして覗いてたのか?」
「もちろんです、私のスキルは透視や盗聴もできますので」
うわぁ、コイツのスキル万能すぎる。
もはやなんでもありだな。
「マジで最悪だな……お前」
「その言葉、そっくりそのままお返ししますね」
「ふんっ、俺の方が周りから好かれてると思うぞ」
「表面上は、そうでしょうね」
そう言ってファムは鼻で笑った。
確かに、俺が獲得した信頼関係なんてのは表面上のものでしかない。
評価を付ける見返りとして、仲良くしてもらうだけの関係だ。絶対評価のスキルが無かったら、俺は何処にでもいるただの一般人だからな。
「少し、話がそれてしまいましたね。
話題を元に戻しましょうか。
今サトルさまがお使いになっている肉体は、
本物のウィルフレッド様のものになるかもしれません。
それがいつのことか分かりませんが……」
「分かってる、分かってるよ。
俺がいつまでもウィルでいられる保証はないんだろ。
だからソフィアやマイスに対して本気になるなと。
そう言いたいんだな?」
「つまるところ、そう言うことです。
遊びで手を出す分には構わないと思いますが」
いや、ダメだろ。
それはそれでダメな気がするぞ。
俺がどんなにマイスやソフィアを好きになったとしても、その関係が永遠に続くわけじゃない。
いつか必ず終わりの時がやって来るのだ。
だから……常にそのことを念頭に置いて、あの二人と関わっていかなければならない。
もし本物のウィルフレッドが帰って来た時に、マイスとソフィアが『俺』を愛してしまったら……関係性は間違いなく破綻するだろう。
「マイスは俺のことを遊びで好きって言ってるのかな」
「彼女は純粋な心の持ち主なので、それはないですね。
割と本気でサトルさまを愛していると思いますよ」
「本当に?」
「ええ……少なくとも私はそう思います」
ううん……どうなんだろう?
マイスは人の心を慮る清らかな心の持ち主。
だから気まぐれとか、身体目的とかで、相手に好きって伝えるような子ではないと思うのだ。
「じゃぁ、ソフィアは?」
「彼女は……」
ファムは険しい顔をする。
「ソフィアさんの心は、私には読めません」
「そうか……そうだよな」
ソフィアが何を考えているのか、俺たちには分からない。
彼女が俺を偽物と言った真意を知ることもできない。
でも……俺はソフィアの気持ちを知りたいと思っている。
少しでもいいから、彼女を理解したい。
それが俺の素直な気持ちだったりする。




