163 本物が帰って来たら
「わたくしの理想は……その……」
もじもじとするマイス。
なにやら恥ずかしがっている。
「子宝に恵まれて、にぎやかな家庭を作りたいですわ」
「そうだね……いいよね、子供が沢山って」
「サトルさまもそう思われますか?」
「え? あっ……うん」
急にマイスの目が座る。
「なっ……なぁ、マイス。
どうかしたのか?」
「いえ……やはりこれ以上は待てないと」
「なにを?」
「子供を作るタイミングですわ」
「ははっ、そうなんだ」
乾いた笑しか出て来ない。
「このまま手をこまねいていたら、
他の女に先を越されてしまうかもしれません。
だから……だから今すぐにでも……
ウィルフレッドさまを……いえ、サトルさまを。
わたくしだけの男にするべきなのですわ」
「なぁ……どうしてそんなに必死なんだ?
俺以外にもいい男なんて星の数ほど……」
「いませんわ」
マイスは断言する。
「サトルさまはわたくしに持っていない物を持っていますの。
だから……どうしてもアナタが欲しい」
「えっ、でも……生徒会選挙とか……」
「そんなことよりも、
もっと重要なことに時間を使うべきですわ。
さぁ……サトルさま。
わたくしを受け入れて下さい。
そして……元気な赤ちゃんを……」
「まっ……んっ」
マイスは俺の顎に手を添えて急にキスをしてきた。
彼女と出会った時にしたキスよりも、ずっと過激で濃厚なキス。
拒絶しようと身体を押し返しても力で負ける。
無理だ、抵抗できない。
このままではマイスと……。
ばったーん!
急に扉が開いた。
次いでソフィアの「ただいまー!」という元気な声。
マイスは慌てて俺から離れる。
「おっ、お帰りなさいソフィア!」
「待たせてごめんねー!
お店が混んでてさぁ……ってあれ?」
椅子に座った俺を見て、怪訝そうな顔をするソフィア。
「どうかしたの? なんか様子が変だけど?」
「いや……どこもおかしくないと思うぞ、はは」
「ウィルさま、口の周りが濡れてるけど?」
「いや、ちょっと寝ぼけててさ……」
「ふぅん……」
目を細めるソフィア。
彼女はマイスへと向ける。
「マイスさぁ……ウィル様に何もしてないよね?」
「え? ええっ! 何もしてませんわ!」
「本当かな? 信じられないんだけど」
「そっ……そんな! わたくしを疑っているのですか?」
「うん、疑ってる」
じーっとマイスを見つめるソフィア。
そして……。
「言ったよね?
隠れて変なことをウィル様にしないでって。
何かしたら怒るって、伝えたと思うんだけど」
「えっ、ええ……そうですわね。
確かにそう言われましたけど……」
「もし約束を破ったら、マイスのこと嫌いになるから」
「えっ⁉ ダメですわ! 嫌ですわ!」
ソフィアの言葉に戸惑うマイス。
二人の力関係が明らかになる。
完全にソフィア>>>>マイスの状態。
「もうお姉ちゃんって呼んであげないよ?」
「そっ……そんな⁉」
「じゃぁ、ちゃんと約束守ってくれるよね?」
「……はい」
観念したようにうなずくマイス。
ソフィアはこちらを見て無言でにっこり。
……怖い。
何はともあれ、お陰でマイスの暴走は収まった。
また同じようなことがあればソフィアの名前を出そう。
彼女にばらすと言えば、無理やり押し倒されることもないかな。
しっかし、実に情けない。
男としてどうかと思うが……相手がマイスだとなぁ。
最強クラスのスキルの持ち主であるマイスと、一般人レベルの戦闘能力しか持たない俺とでは力に差がありすぎる。
とても対抗するのは無理だ。
ここは素直にソフィアを頼らせてもらおうかな。
「じゃぁ、さっそく夕食の準備を手伝ってもらおうかな。
お願いね、マイスお姉ちゃん!」
「はっ……ハイですわ!
わたくし、なんでもやっちゃいますわ!」
お姉ちゃん呼びされただけで、素直に言うことを聞くマイス。
完全にいいように使われているが……本人は幸せそうだ。
こんな時間がずっと続けばいいのにとか思ってそう。
「そう言えばセリカさんは?」
「外でアルベルトさまとお話してるよ」
ソフィアが教えてくれたので外へ出てみると、切り株に腰かけて仲良くおしゃべりしている二人の姿が目に付いた。
まるで新婚さんみたいに仲良さげに話している。
そんな二人を見て、俺にも対等な関係のパートナーが欲しいとか、柄にもなくそんなことを思う。
ちょっとだけ羨ましい。
俺は……この世界で暮らしていたら、やっぱり誰かと結婚することになるのだろうか?
その相手はソフィア? それともマイス?
二人は俺のことを好いてくれているし、結婚したら幸せな家庭を築けるかもしれない。
懸念事項は二人のスキルが夜の営みに及ぼす影響だが……これはまぁ、どうとでもなるだろう。
むしろそれよりも問題なのは俺の方。
消えてしまったはずのウィルフレッドが、いつか俺の所へ来て交代しろと言う可能性だってある。
選択の余地すらなく、強制的に肉体を乗っ取り返されるかもしれない。
もしそうなったら、俺はどうなるのだろうか?
「このお芋さん、皮が固いですわ!」
「ナイフの使い方が下手なんだよ、マイスは。
ほら貸して、こうやってやるんだよ」
「スゴイ! さすがソフィアですわ!」
台所から仲良さげに調理をする二人の声が聞こえてくる。
胸の奥がズキンと傷んだ。




