162 マイスの家族
俺の股間に触れようとしたマイス。
興奮するあまり身体から漏電。
このまま彼女に押し倒されれば感電死の危険アリと判断した俺は、すぐさま別の話題を出して気を反らすことにした。
「なぁ、真面目な話をしよう。
ドゥエリノ様のことなんだけどさ……」
「はぁ……あの方がどうかしました?」
マイスはつまらなそうにため息をつく。
違う話題を振られたのが嫌だったのか、それとも単に実家のことは話したくないのか、急彼女のテンションが駄々下がりになる。
どうやら危機は回避されたようだ。
「いや……そのさ。
ちょっと変だなって思って」
「何がでしょうか?」
「だって、俺はあの人から直接、
マイスには近づかないで欲しいって言われたんだぜ。
なのに君を追放処分にするなんて変だろ?
現に、俺たちが一緒にいても何も言ってこないし」
「確かに……そうですわね」
ドゥエリノが何を考えているのかよく分からない。
マイスと俺の婚約を破棄して別の男とくっつけたいというのであれば、普通だったら自宅軟禁とかにするだろう。
しかし、ドゥエリノは監禁ではなく、マイスをフィルド家から追放した。
どういう意図があったのか全く分からないけど……なんの意味もなしに追放したとは思えないんだよな。
何かしら考えあってのことだと、面会室に現れたドゥエリノを見て感じたのだ。
もしかしたら、あの面会には別の意図があったのかもな。
短いやり取りの中に、何か重大な意味が隠されていたのかもしれない。
少なくとも、マイスへの接近を禁じるために来たのではないはずだ。
だとしたら今ごろ俺たちの所へ来て、彼女を連れ去っているだろうし。
「なぁ……ドゥエリノってどんな人なんだ?
この前会った時に少し話したけど、
人となりが全く見えてこないんだ」
「それが……わたくしにもよく分かりませんの。
幼い時からほとんど触れあってこなかったもので。
世話をしてくれたのも使用人の方たちですわ」
「そっか……」
幼かったマイスは、母親からの愛情をほとんど受けずに育ったのか。
……可哀そうに。
「寂しい思いをしたんだな」
「いえ、わたくしを可愛がってくれる使用人の方がいて、
その方から特別な愛情を受けて育ったので、
寂しさはあまり感じていませんわ」
「その使用人って?」
「今はもう亡くなってしまわれたのですけど……。
わたくしにとって母親同然でした」
「名前は?」
「それが……」
マイスは表情を曇らせる。
「教えてもらっていないのです。
聞いても無言で首を横に振るだけで……」
胸の前で両手を握りしめるマイスは、とても切なげな表情を浮かべている。彼女にとって母親同然だった使用人は、名前も告げずにこの世を去ってしまったのだ。
色々と複雑な事情があるようだが、ますます謎が深まってしまったな。
フィルド家は一体どんな集団なのだろうか。
そしてそのトップに立つドゥエリノとはいったい……。
「知っている範囲でいいから、
ドゥエリノについて教えてくれないか?
あの人のことがちょっと気になる」
「ええっと……」
マイスは少しずつドゥエリノについての情報を話し始める。
ドゥエリノ・フィルドは地方辺境を収める領主の子として産まれる。
彼女は貴族たちが通う学校にて優秀な成績を収め、首席で卒業。
卒業後は各地に赴いて事業を展開。
彼女が蓄えた財力により、フィルド家の力は瞬く間に大きくなった。
「とまぁ、こんな感じですわ」
「マイスは……ドゥエリノさまと血のつながりはあるの?」
「いえ……見たら分かると思いますが、
彼女とわたくしとの間に血のつながりはありません。
父と側妻との間に産まれたわたくしを、
お母様は嫡子として迎え入れました。
わたくしは養子のようなものです」
どこか寂し気に語る彼女の横顔。
じっと見ていると胸が締め付けられる。
家族の話って重くなるよな。
あんまり話したくなさそうなので、これ以上は聞かないでおこう。
俺も小日向聡としての家族の話を振られたら、何も話さないと思う。
というか絶対に話したくない。
「ごめんね、変なこと聞いて」
「いいえ、でも仕方ありませんわ。
どう見ても似てませんからね、わたくしたちは」
「…………」
ドゥエリノとマイスとの間に、親子を思わせるような共通点は何一つ見当たらなかった。
これは俺だけでなく他の人も感じることだと思う。
マイスはそんな微妙な視線を周囲から向けられて育ってきたのだ。
ちょっとの苦労とかそんなレベルではない。
ドゥエリノの話はこれくらいにして、別の話題を振ってみようか。
「マイスはさ……理想の家族像ってあるのかな?」
「理想ですか? そうですね……」
何気なく振った話題。
これが思わぬ地雷になるとは思っていなかった。




