152 離反
俺はある決心を固めた。
今まで関わって来た『顧客』たちと連絡を取り、実際に顔を合わせて話をする。
特に重要な話をするでもなく、近況報告をしあうだけ。
と言ってもなんの目的もなく会いに行ったわけじゃない。
俺は『顧客』の中から何人か有望なものを引き抜いて、自分の組織を作ることにした。詐欺やマルチではなく、まっとうな仕事をする会社を設立するのだ。
もちろん、山田や高橋には話していない。
数日したら山田を通じて高橋に辞意を伝える。
組織とはこれ以上、関わるつもりはない。
今までずっと悩んでいたけど、これで気持ちが晴れた。
実際に動き始めると物事がスゴイスピードで進んでいく。
まとまった数の『顧客』が集まり、自分の組織を立ち上げる目途がついた。
これからはまっとうに生きて行こう。
そうすれば――
――そうすれば、母さんにも顔向けできる。
もう後ろめたい思いをしなくても済む。
「「「「おめでとうございまーす!」」」」
部屋に集まった俺の仲間が一斉にクラッカーを鳴らす。
パンパンとはじける音が俺を祝福してくれた。
なんとか開業にこぎつけた俺は明日から新しい仕事を始める。
営業を代行する小さな会社だが、少しずつ大きくしていくんだ。
「みんなありがとう!
明日からよろしく頼むよ」
「一緒に頑張っていくッスよ社長!」
「いやぁ、本当に斎藤さんについて来て良かった!」
タクヤとコーヘイの二人も連れて来てた。
この二人はなんだかんだ言って仕事もできて優秀だ。借金も弁護士を挟んで債務整理を行い、組織との関係も完全に断っている。法律を盾にすれば手出しできない。
社長とか呼ばれているが、社長は別にいる。もと顧客の中から適当な人物を選んで任命した。
組織のトップでいるよりも、一社員の方が目立たないし動きやすいと考えた。
なので俺の肩書は会社員のまま。
他の組織を脱退したメンバーたちも、俺を信頼してくれている。
今まで十分に面倒を見てやったからな。こまめにメンテしておいてよかったよ、ほんと。
パーティー会場は会社の会議室。
テーブルの上にオードブルやスナック菓子などが並べられ、飲み物は瓶ビールとチューハイ缶。
使い捨てのコップで乾杯して思い出話に花を咲かせる。
今まで俺の嘘が露呈したことはないが、これからも大丈夫なはず。設定や振る舞いも一貫している。俺の態度に違和感があるとか、今までの言動や設定に矛盾がでることはない。
完璧だ。
俺は完璧にやって来たはずだ。
なのに……。
とるるるるるぅ!
誰かのスマホが鳴る。
社員の女の子が電話に出ると、しばらく何か話した後こちらを見た。
「はい、小日向さんに代わりますね」
彼女はそう言って俺に自分のスマホを差し出す。
「え? なに言ってるの?
俺、斎藤だけど?」
「いいから、早く出てください」
「あっ……ああ」
恐る恐る電話を替わる。
すると聞きなれた声が聞こえて来た。
『俺だよ、小日向。久しぶりだな』
「……高橋っ」
スマホの向こうから聞こえてきたのは高橋の声だった。
『うまく逃げおおせたつもりのようだが、甘かったな。
お前にはずっと監視が付いていたんだよ。
顧客の何人かはお前の監視役だったわけだ』
「俺はもうお前たちとの関係を断ったんだ。
今更、俺になんの用だよ?」
『なんの咎めもなく抜けられると思ったか?
組織の奴隷を連れて逃げたお前の罪は重い。
素直に一般人に戻ればよかったものを。
欲を出したのが仇になったな』
高橋は淡々とした口調で話し続ける。
俺が動揺しているのを見て、みんな不安そうに様子を伺っていた。
「話なら後にしてくれ。
いま大事な時なんだよ」
『ああ……せっかく門出を祝っていたのにな。
水を差すような真似をして申し訳ないよ。
だから手短に済ませよう。
お前にとっての楽しい時間もこれで終わりだ。
嘘の魔法によって幻を見ていた哀れな子羊たちを、
現実の世界に引き戻してやろうじゃないか』
楽しそうな高橋の声。
聞いているだけで背筋がぞわぞわする。
「何を……するつもりなんだ?」
『見てからのお楽しみだ。
と言っても、特別なことをするわけじゃない。
嘘で築いた関係など、土台を引き抜けば簡単に崩れる。
ただそれだけのこと』
ぶつっ。
電話が切れる。
いったい何をするつもりだ?
不安に思っていると、スマホを渡してきた女がある物を掲げた。
それは……。




