151 嘘つきの自己弁護
翌日。
さっそくセミナー解散の知らせが登録者たちに届く。
タクヤもコーヘイもパニック状態に陥り、落ち着かせるのが大変だった。
山田は自分の顧客の相手で精一杯なので、俺一人で二人の面倒を見なければならない。
と言ってもやることは決まっている。
話を聞いて、慰めて、励ますだけ。
二人は組織傘下の金融屋から3000万円の借金をした。
と言ってもその金はデータ購入という建前で二人を素通りし、再び組織の懐に収まっている。
これから組織に所属する劇団のメンバーが交代で二人を追い詰める予定だ。
いかにも借金取りと言うような怖い風貌の男たちに詰められ、明日をも知れない生活を送る羽目になる。
放っておいたら逃げだすか、自殺してしまうかもしれない。
そこで、俺の出番だ。
俺は二人から架空のデータを1000万で買い取ると約束。
そして当面の生活費と住む場所を提供する。
3000万が1000万になるわけだから、容易には受け入れられないはずだが、パニックに陥っていた二人は簡単に同意してしまった。
何故なら金融屋から、借金が返せなかった時は家族や友人から取り立てると脅されているからだ。
すでに二人の実家の連絡先は抑えてある。
親戚はもちろん、仲の良い友人や、学生時代の恩師まで。
万が一逃走を計れば彼らに迷惑がかかる。
だから絶対に逃げられない。
そう思って切羽詰まった二人は、俺の出した提案を飲んでしまった。
生活の保障という条件が付いていたのも大きいと思うが。
「ううっ……ありがとうございます!」
「助かりましたぁ」
泣きながらお礼を言う二人。
俺は何もしてないどころか、二人を騙して陥れた立場だ。
礼を言われるような人間ではない。
無職となった二人は、自爆営業でほとんど貯金を失い、無一文の状態になっていた。今まで住んでいた家の家賃も支払えず、毎日の生活費すら捻出できない状態。俺が支払った金もそのまま金融屋へ流れた設定にしてあるので、彼らの手元には一円も残っていない。
これから数日は俺が紹介した部屋で共同生活を送り、俺が斡旋した仕事に就いて地道に借金を返していくことになる。
紹介した不動産も、就職先の会社も、組織が所有する物件だがな。
奴隷となった彼らは俺の頼みごとをなんでも聞いてくれるだろう。
最初は簡単な仕事から始めさせ、調教が済んだら銀行口座や通信回線を提供させる。借金の保証人にもなってくれるし、名義貸しだって快諾してくれるはずだ。
奴隷にもランクがあって、二人はそれなりに高い評価の奴隷となる。
話が通じて、仕事もできて、それなりに学もある二人は、奴隷としてはかなり高級な部類に入る。
組織が求めているのは従順かつ優秀な奴隷なので、二人の評価はかなり高くつくはずだ。
奴隷化する人間の大抵は、社会の底辺に属していることが多い。そのため、複雑な仕事は任せられないし、要求にも限度がある。
タクヤとコーヘイのような奴隷はレアなのだ。
だからこそ、重宝される。
今回のセミナーで確保できた奴隷は二人だが、組織からの評価は低くないはず。
「じゃぁ、俺は帰るから。
しばらくは二人で仲良くしろよ」
「うす!」
「はい!」
俺のせいで多額の借金を背負ったにもかかわらず、二人は笑顔で見送ってくれた。
自分たちが騙されているなど、つゆほども思っていない。
彼らを騙して心が痛まないのかと聞かれれば、まったく傷まないわけじゃないと答えるだろう。
俺だって人間だし、心もある。
しかし……結局はやはり、騙されるのが悪いという結論に達する。
嘘なんて誰だってつく。
今まで一度も嘘をつかなかった人間がいたら合わせて欲しい。
何もかもが金で取引されるこの世界。
生きていれば少なからず嘘をつく。
嘘は人間関係を円滑にする潤滑油。
就活で自分を潤滑油に例える学生は、自分は嘘つきですと自己紹介しているようなものだ。
面接官たちはもっとうまく嘘を付けよと思っていることだろう。
だから……別に誰かを騙して、それが人の道に反しているかというと、俺はそう思わない。
糾弾したいのなら是非とも嘘をつかない生活を送ってみることだ。
……無理だから。
雲一つない青天。
俺はビジネス街を歩いて行く。
有名チェーンのカフェに入店すると、難しそうな顔でタブレットを見つめる客が席を占領していた。
コーヒーを注文して開いている席に着いてスマホをチェック。
数分おきにメッセージを受信。酷い時は秒単位でバイブが震え続ける。
全員を一度に相手はできないので、利用価値のある者から順番にメンテナンス。返信を終えたら今度はSNSをチェック。
誰かと言葉を交わしていると、瞬く間に時間が過ぎていく。
スマホをいじるだけで一日が終わってしまう。
それでも俺は幸せだった。
常に誰かと繋がっていることで得られる充足感。
彼らよりも上の立場にいるという優越感。
性交では得られない快楽。
この仕事は俺が欲しているもの全てを与えてくれた。
ふと……高橋の言葉を思い出す。
もう少ししたら、俺は全ての『顧客』を組織によって取り上げられてしまう。
本部に行くとしても、末端の構成員として活動を続けるにしても、俺が今繋がっている全ての人間は、別の誰かの手に渡ってしまうのだ。
胸がざわつくのが分かる。
先ほどまでの晴れ模様が嘘のように、空が急激に曇り始めた。
カフェの窓を冷たい雨が叩く。
びたん、びたん。
びたびたびた……。
雨に塗れたカラスが一羽、俺をじっと見つめていた。




