150 解散
数日後。
営業をかけていたタクヤとコーヘイが落ちた。
二人は組織に所属する金融屋で多額の借金をこさえ、同じく紹介した組織のメンバーから架空のデータを購入。
奴隷となった。
無論、二人は自分たちが奴隷になった事実にまだ気づいていない。
顧客のデータが本物かどうか確かめる前に、絶望のどん底に突き落とされる予定だ。
だがそれはまだ少し先の話……にはならなかった。
携帯にメールが届く。
掲示板をチェックせよとのこと。
組織との連絡は基本的にネットの掲示板を使う。
メッセージアプリやEメールは使わない。
掲示板には暗号化された文章が書かれており、そこから真意を読み取らなければならない。
と言っても、さほど複雑な暗号ではないので、慣れればすぐに理解できる。
某掲示板のスレッドに誘導されて、そこをチェック。
そこから読み取れたのは、明日にはセミナーを解散するとの知らせだった。
危なかった……滑り込みセーフ。
こいつらが借金するのが一日でも遅かったら、今までの努力もパー。
何の成果もあげられないまま時間を無駄にするところだった。
『掲示板チェックした?』
山田からメッセージが飛んでくる。
俺はすぐに『任務完了』と送る。
どうやら向こうも土壇場で顧客の奴隷化に成功したらしく、Vサインをするキャラクターのスタンプが送信されてきた。
今回、いつもよりも『解散』の時期が早かった。
『顧客』の確保に失敗したエージェントも何人かいたらしい。
セミナーを開くのにも金がかかるので、人材の確保が思うようにいかなかったのは組織にとって痛手だろう。
何人か責任者の首が飛ぶかもな。
お互いの成果にホッと胸を撫でおろしたが、その後不穏なメッセージが送られてくる。
『どうも解散の時期が早まったのは、
参加者の中に内通者が混じってたからみたい。
自爆営業した人が早い段階で弁護士に相談したのは、
内通者が手引きして準備をしてたからだって』
メッセージアプリできわどい話題を持ちだす山田。
また高橋から怒られるぞ。
組織が開くセミナーはマルチ商法で儲けること自体が目的ではないので、さほど高額の物を売りつけたりはしない。
と言っても、販売するのは得体のしれないサプリメントや効果の疑わしい健康食品など。購入する価値があるかと言われたら無いと断言できる。
というか、倒産した企業の在庫をまとめて購入し、パッケージを付け替えただけの物なので、賞味期限内かどうかすら怪しい。
グレーゾーンギリギリだが、違法ではないはずだ。
警察が直接踏み込んでくる可能性も低い。
それでも訴訟されると痛い。
法廷で争うことになれば色々とボロが出るので、訴状が届く前に主催した団体を解散する必要がある。
組織は何より表舞台に晒されることを恐れている。
セミナーの開催者も、関連団体の責任者も、全て奴隷化した顧客たち。万が一摘発されたとしても直接ダメージが及ぶことはないが……リスクは最小限にとどめておきたいというのが本音だろう。
俺はいまだに高橋以外の幹部に会ったことがない。
長年働いているが、組織の実態を全く把握できておらず、どこの誰がなんの目的で作った集団なのか、それすら知らない。
高橋もその点については口を閉ざしていた。
そんな組織の本部に招集されたわけだが、果たして俺はどうなるのだろうか?
もしオファーを受けてしまったら……俺はもう一般人には戻れないだろう。
「「いただきまーす!」」
「好きなだけ食べてくれ。
遠慮することはないぞ」
俺はタクヤとコーヘイの二人を焼き肉に誘った。
もちろん俺のおごり。
明日にはセミナーが解散するので、二人は多額の借金を背負ったまま路頭に迷う羽目になる。
すでに本業を退職しているので完全無職になる予定。
「うめぇ! やっぱり斎藤さんはすごいっす!」
「ついて来て本当に良かったです!」
「ははは……どうも」
ニコニコ顔で焼き肉を頬張る二人。
バツが悪くなった俺は、思わず顔を背けてしまった。
ビールを飲んで肉を口の中に押し込むが、まともに味を感じない。
油っぽい食べ物は苦手なんだよな……。
「そう言えば、ステージ4まで行ったんですよね?」
「え? ああ……そうだよ」
コーヘイに言われて、確かそう言う設定だったなと思い出す。
すでに解散後のことしか頭にないので、自分で作った設定を忘れかけていた。
「いくら……もらえるんですか?」
「だから秘密だって言ってるだろ?
知りたかったら早く、俺のところまで登って来いよ。
ステージ3に進んだらまたお祝いしてやるからさ」
「へへへ……ごちになりますっ!」
「気が早いぞタクヤ」
コーヘイにたしなめられたタクヤは気恥ずかしそうに頭をかく。
「そう言えば、ナオコとはどうなったッスか?」
「まぁ……ぼちぼち」
二人の前ではナオコと付き合っている設定の俺。
山田に話は通してあるが、この設定は不要だったな。
「俺もナオコ狙ってたのになぁ!」
「お前じゃ一生かかっても落とせないよ」
「なんだとやるのか?!」
「お前の方こそなんだよ!」
目の前で取っ組み合いを始める二人。
明日には二人の顔が絶望に染まっていると思うと、なんとも言えない気分になる。




