149 顧客と奴隷
「その後は順調?」
テーブルを挟んで向かい側に座る山田が尋ねて来た。
「ええ、まぁ。今回もうまくいきそうです」
「斎藤くんの顧客、今は何人くらいだっけ?」
「軽く100超えてますよ」
俺は山田と軽い昼食を取っている。
彼女とは定期的に顔を合わせ、お互いの進捗状況を報告し合っている。
今回は同じセミナーにサクラとして参加しているので、情報交換する機会も多い。
三日に一度は顔を合わせているんじゃないかな。
会合の場所はファーストフードや喫茶店など。
人が多いチェーン店を利用している。
誰かに盗み聞きされる危険性もあるが、警戒していれば大丈夫。
『顧客』やセミナーの参加者さえ近くにいないと確認できれば、割と普通に話しても平気だったりする。
「それで……そろそろですかね」
「うん、ちょっと何件か揉めてるみたいだから。
すぐに『解散』すると思う」
組織が主催するセミナーは短期間に何度も開かれるが、同一の団体名として活動する期間はそう長くない。
トラブルを避けるためというのもあるが、狙いは別にある。
「あの二人、データ買ってくれそう?」
「ええ、すでに金融屋を紹介しましたよ。
偽造データもすでに渡してます。
そちらは?」
「ふふふ、こっちも順調だよ」
ニコニコした表情で言う山田。
俺と山田は協定を結んでいる。
目を付けたセミナーの参加者のうち、女性は山田が、男性は俺が受け持つことにしているのだ。
性別で担当を分けるのは、単にそっちの方がやりやすいから。
俺としては同性の方が仕事の話をしやすいので助かっている。
正直、女の子の相手はあまり得意じゃない。
「それで……もう抱いたんですか?」
「まだまだ、これからだよ。
人をやりチンみたいに言わないで」
「すみません……」
実際、やりチンみたいなもんだろ、この人。
気に入った女の子がいたらすぐに手を出そうとするからな。
山田の女好きは有名らしく、高橋もたびたび文句を言っていた。組織からしたらあまり目立つような真似をしてほしくないのだろう。
それでも山田が野放しになっているのは、そこそこ優秀なエージェントだからだ。コンスタントに結果を出しているので、上からもあまり文句を言われない。
と、本人は話しているが、どうなんだろうな?
「この仕事が終わったら、次は何かなー?」
「どうせまたセミナーでしょ」
「もしかしたら『海外旅行』かもしれないよ?」
「うへぇ……それは勘弁してほしいですね」
俺たちは長いこと組織で仕事を続けている。
時には危ない橋を渡ったりもした。
それでも辞めずに続けているのは、今の仕事が楽しいからだ。
人と関わる仕事って奥が深いし、やりがいもある。
できればずっと続けていたいのだが……。
「ねぇ、斎藤くん。
変なこと聞いてもいい?」
「……なんですか?」
「最近、何かあった?」
山田は真面目な表情で尋ねてくる。
「ええっと……まぁ、いろいろと」
高橋だけでなく、山田にも心配されてしまった。
そろそろ気を付けた方がいいかな。
「私で良かったら相談に乗るけど?」
「いえ、大丈夫です」
俺は山田の申し出を断る。
この件について、誰かに話すつもりはない。
今の仕事を続けるかどうか、迷っているのも確かだ。
高橋には辞めないと宣言したが、今もなお心が揺らいでいる。
ヴゥゥゥゥゥン! ヴゥゥゥゥゥン!
携帯のバイブが鳴る。
『顧客』の一人からだった。
「すみません、ちょっと失礼します」
俺は断りを入れて中座。
トイレで顧客からの電話に出る。
久しく連絡を取っていない相手だったが、悩みがあって連絡してきたとのこと。
話を数分聞いて後で折り返し連絡すると言って電話を切る。
何度も何度も、電話口で「助けて欲しい」と訴える顧客。
どうやら金がなく困っているらしい。
そう言えば最近『メンテナンス』していなかったなと思い、手帳を開いてその顧客のデータを確認。
確か傘下の人材派遣会社に登録させていたと思うが……現状を詳しく把握していない。
組織によって奴隷化された『顧客』たちは、一般人に交じってごく普通に生活している。
彼らは組織が斡旋した仕事に就き、組織に所属する金融屋から借金をして、組織に命じられるままに奴隷たちは様々な物を組織に提供。
戸籍、銀行口座、電話番号、運転免許、保険証、アカウント、血液、臓器、子供。
彼らのプライバシーは全て組織によって管理され、生み出す全てが組織の財産となる。今日もせっせと働いて、時には非合法な仕事にも手を染める。
中には自分が奴隷化していることに気づいていない者さえ存在するという。
「長かったね。大丈夫だった?」
「ええ、まぁ……」
「顧客のメンテナンスをさぼると大変だよ。
ちゃんと管理してあげないとね」
「……ですね」
席へ戻ると、山田はにっこりとほほ笑む。
目の前にいるこの女は、人を人とも思っていない冷血漢だ。
彼女と同じ立場にいる俺も人のことを言えない。




