148 劇団と劇場
翌日。
俺はタクヤとコーヘイを連れて、ある場所へと向かった。
「こんにちわー! 斎藤です!
江ヶ崎さんいらっしゃいますか?」
「いるよぉ、ここだよぉ」
古びた木造平屋建ての住宅。
あまりひと気を感じさせない住宅街の家。
俺が呼びかけると腰の曲がった老婆が現れた。
「なんだい、斎藤くん。
また変なものを売らされてるのかい?」
「まぁ……今日はちょっと、部下を紹介しようと思って」
「部下ぁ?」
首をかしげる老婆。
「はい、後ろの二人です。
挨拶して」
「林です!」
「西原です!」
俺が挨拶を促すと、二人は頭を深々と下げる。
「なんだい、部下を持てるくらい出世したのかい。
私のお陰だねぇ」
「ええ、それで今日は今までのお礼に。
お土産を持ってきたんです」
「変なものよこしたらタダじゃすませないよ」
「大丈夫ですよ、安心して下さいって」
俺は持参した紙袋から包装された箱を取り出す。
「なんだい、これは?」
「まぁ、開けてみて下さいよ」
「ふむふむ……これは!」
老婆に渡したのは入手困難な限定の洋菓子。
今朝早く三人で並んで買って来たのだ。
「斎藤くん、あんた分かってるねぇ。
お茶入れてあげるから上んな。
もちろん、他の二人もね」
老婆はウィンクして言う。
俺たちは居間に通され、座卓を囲んで座る。
老婆は三人分の座布団を用意してくれた。
「最近どうですか、何か困ったこととかありませんか?」
「特にないねぇ。
トイレの電球が切れかかってるくらいだね」
「あとで交換しておきますね。他には?」
「庭の雑草が気になるね」
「あとは?」
「それとねぇ……」
老婆は次から次へとお願い事をしてくる。
ある程度聞き終えたら、三人で手分けして頼まれた雑用を済ませた。
「……こんな感じですけど、大丈夫ですか?」
「ありがとね、いつも助かるよ」
「あの……この前話してた……」
「ああ、健康食品の件だろ。
貰ってやるから全部置いて来な」
俺はにっこりとほほ笑んで頷き、二人の方を見て目で合図する。
慌てて外に停めてある車に荷物を取りに行った。
「……いい感じの子たちだね。
さっさと有り金むしり取って奴隷にしちまいな」
老婆は目を細め、低い声で言う。
「今回もうまくいきそうですよ。
ありがとうございます、加藤さん」
「聞いたけど、本部へ呼ばれたんだって?」
「ええ……まぁ……」
「特別に目をかけてやった甲斐があったよ。
鼻が高いってもんさ」
加藤はにやりと笑って言う。
彼女は組織の一員で、劇団と呼ばれるチームに所属している。
人をだますために一般人を演じる構成員だ。
老人は人を騙すときに役に立つ。
騙される側であることが多いので、若い奴は油断する。
よくあるのは、特殊詐欺を装って若者を騙すケース。
バイトとして募集した特殊詐欺の受け子を、劇団に所属する老人の元へと向かわせる。その後、親族などの関係者を装った組織の構成員が身柄を確保。警察に突き出さない代わりに仕事を手伝わせる。
特殊詐欺に加担する若者は色々と足りない子が多いので、仕事を手伝わせながら借金漬けにするのも簡単。
「お世話になってばかりで申し訳ないですね。
必ず埋め合わせはしますので」
「口先だけのお礼なんていらないから、
さっさと偉くなって私を楽させておくれよ。
あっ、あとこの後も来客があるから。
茶番が済んだら帰りな」
「……はい」
加藤はこの後も別の誰かを騙す予定のようだ。
言うまでもなく、この家もダミー。
組織が『劇場』として購入したものだ。
用が済んだらすぐに売却される。
組織には不動産を扱う部門も存在しており、何度か仕事で関わったことがある。
やはり年配の構成員が多かった印象。
詐欺と聞くと、どうしても不良青年を想像するかもしれないが、必ずしもそうとは限らない。
むしろ高齢者の方が多かったりする。
しばらくして、大きな段ボール箱をタクヤとコーヘイが抱えて来た。
中には健康食品が詰まっている。
「いつもありがとうございます」
「いいんだよ、お世話になってるからね。
ほら……今回のお代だよ」
「ありがたく頂戴します」
加藤が差し出した茶封筒を受け取る。
中には本物の現金。
俺は二人の目の前でわざとらしく現金の束をめくって見せる。
まともに数えてすらいないのに、二人の目は札束に釘づけだ。
電子マネーが一般的になった昨今でも、やはり現金は強い。
人を惹きつける魅力がある。
「それと、お小遣いだよ。
帰りに何か美味しい物でも食べな」
加藤はそう言って一万円札を差し出した。
もちろん、これも組織の金である。
「そんな、受け取れませんよ」
「いいから受け取りな」
「でも……」
「受け取りなって!」
二人の前で茶番を繰り広げた後、仕方なく一万円札を受け取り財布にしまう俺。
こういうバカっぽい演技でも、案外簡単に騙せたりする……のかな?
「すっ……すっげぇ……っす」
「いいなぁ」
すっかり騙されている。
二人の将来が心配だ。




