147 本部
「本部への……招集ですか? 俺が?」
高橋の言葉に耳を疑った。
「ああ、そうだ。
是非ともとの声が上がっている。
お前の働きぶりが認められたんだよ」
「本当ですか? にわかには信じられないですね……」
「突然のことだ、無理もない。
この話を断って、末端の構成員として働くのもありだ。
ユックリと時間をかけて受けるかどうか決めればいい」
「はい、分かりました」
本部に招集と聞いてもピンとこない。
何故なら彼らがどんな集団なのか想像もつかないからだ。
今まで本部の存在は高橋から聞いて知っていたのだが、どんな人間がいて、どんな思想を持って、何を目的に活動しているのか、さっぱり分からない。
実態が全く知れない所へ行くのは気が引ける。
しかし……今までとはまた違った仕事ができるのも事実。
俺も高橋と同じように複数のチームを統括するような地位につけるのだ。
もっと大きな仕事ができる。
正直言って、かなり迷う。
上に行きたい気持ちがないわけじゃない。
だが……。
「どうした、斎藤。気乗りしないのか?」
「いえ……そう言うわけでは……」
「まぁ、いい。
それでは順番に進捗を報告してくれ。
まずは『佐藤』から――」
高橋の求めに応じて、招集されたメンバーは自分たちの仕事の状況について報告する。
俺も新しく何人か人材を確保できそうだと伝えた。
「よし、順調のようだな。
何か問題があればすぐに相談してくれ。
と言っても、俺の方から出向くがな。
今日はこれで解散だ。
ご苦労」
「「「「「お疲れさまでした」」」」」
一斉に立ち上がって挨拶をする一同。
ゾロゾロとフロアから出て行く。
「斎藤、お前は残れ。話がある」
「……え?」
帰ろうとすると、高橋に引き留められた。
山田は軽く振り返って俺を見るが、そのままエレベーターホールへ行ってしまう。
「分かりました……何か?」
「ここではなんだ、二人っきりになれる場所へ行こう」
すでにもう二人っきりなんですが……。
そのフロアにある喫煙所へ連れていかれる。
明かりは灯っておらず、廊下にある非常灯の光と窓から差し込む他のビルの明かりがぼんやりと高橋の横顔を照らす。
「すぅー……はぁー」
高級そうなジッポーで煙草に火をつけ、紫煙をくゆらせる高橋。
「げほっ」
「お前、いまだに煙草を吸わないのか?」
「ええ、これからも吸うつもりはありません」
「喫煙者同士でしかできない話もある。
たしなむ程度でも仕事の幅が広がるぞ」
「そうは言いますけどね……」
毒を吸って寿命を減らす嗜好品なんて、誰がやるか。
俺は一生吸わないと決めている。
「それで……俺に話しってなんですか?」
「小日向……最近のお前、変だぞ。
何かあったのか?」
高橋が俺の本名を呼ぶ。
バイト時代は実名で活動していたので、山田と彼は俺の名前を知っているのだ。
「いえ……何も」
「嘘をつけ、顔に出ているぞ。
なにがあったか話してみろ。
力になれるかもしれん」
高橋はじっと俺の顔を見て言う。
思わず視線をそらしてしまった。
「本当になんにもないんですよ。
でも……どうしてそう思ったんですか?」
「本部に推薦してやると言った時、
お前の顔に迷いが現れていた。
以前のお前なら二つ返事で引き受けたと思うが。
家族と何かあったのか?」
「いえ……なにも」
図星だった。
「そうか……話したくないか。
別にそれなら構わん。
だが……今の状態で組織にいても、
いつか必ず足元をすくわれる。
ドロップアウトするのも手だぞ」
「え? それって……」
「辞めろってことだ。
これ以上先へ進んだら引き返せなくなる」
高橋は煙草の火を灰皿でもみ消しながら言う。
「辞めさせてもらえるんですか?」
「今ならまだ……な。
お前がここで辞意を表明すれば、
後ぐされなく俺が組織を抜けさせてやる」
「でも……山田は……」
「アイツが組織を抜けたいって言っていたのか?」
俺は小さく頷いて肯定した。
「バカが、すっかり騙されたな」
「え?」
「あいつが辞めるはずないだろう。
世界中どこを探しても、
奴の居場所はこの組織以外に存在しない。
南の島でゆっくりなんてのは方便だ」
高橋は心底、落胆したように俺を見ている。
実に残念そうな顔つきだった。
「信じてないですよ、そんなこと」
「以前のお前なら一笑に付しただろう。
しかし……今のお前は……いや、これ以上何も言わん。
で、どうするんだ?
辞めるのか? 辞めないのか?」
俺は彼の目を見てハッキリと告げる。
「辞めません」
「そうか、なら……今まで通り仕事を続けろ。
それと本部の件。
組織に残るつもりなら真剣に考えろ」
「はい」
俺が返事をすると、高橋は喫煙所を出て行こうとする。
「ああ、それと……」
「……?」
扉に手をかけた高橋が立ち止まる。
「本部に行こうが、行くまいが。
お前が今まで集めた『顧客』は組織が管理する。
昇進を断れば一からの再スタートだ。
よーく考えろよ」
高橋の言葉に、頭の中が真っ白になった。




