146 山田
組織には何人ものエージェントがいる。
彼らにはコードネームとして一般的な名字がつけられ、お互いにその名前で呼び合う。
俺は『斎藤』で通っている。
ナオコと名乗っていた女は『山田』。
彼女とは行動を共にすることが多い。
短い付き合いではあるが、相手のことはよく理解しているつもりだ。
「あの……山田さん、どうしてそんなに余裕なんですか?」
後部座席でスマホの操作に疲れた俺は、息抜きがてらに話を振った。
「余裕とは?」
「だって、まったくスマホいじってないじゃないですか。
『顧客』の管理とかどうやってるんです?」
組織に所属していると、いろんな人間と関わることになる。
今までいろんな連中を騙してきた俺だが、嘘を看破されたことは一度もない。
こまめに連絡を取ってアフターケアを欠かさないからだ。
SNSが発達し、誰もが電子端末を持つ時代。
どんなに離れていても言葉と言葉で簡単に繋がれる。
俺は今まで関わって来た『顧客』たちとずっと連絡を取り続け、彼らが『騙された』と自覚しないように仕向けて来た。
良好な関係を保てば次の仕事に繋がったりもする。
だから、一度騙した相手は絶対に見捨てない。
また新しい嘘を聞かせて幸せな夢を見せる。
それが俺のモットー。
なので、四六時中誰かと連絡を取り続けている。
空き時間には必ずSNSをチェックし、複数のアカウントを通じていろんな人と連絡を取り続けるのが日課。
正直、疲れたりもするけど、人と繋がるのは嫌いじゃない。
「それは私の恋人たちに任せているよ。
別に自分でやる必要もないし」
山田は前を向いたまま答える。
彼女の言う恋人というのは、同居する女の子たちのことだ。
今までに彼女の『顧客』となった者の中から、容姿に優れた物だけを選んで支配下に置き、自分の部屋で飼っている。
よほど信頼しているのか、山田は自分が受け持つ『顧客』の管理を彼女たちに任せているらしい。
「早く斎藤くんも恋人を作りなよ。
できれば同性の」
「いや……俺にはそっちの気がないんで」
彼女は今までの男性経験から、異性は信頼すべきでないと考えているようだ。
俺のことも信頼してないのは肌で感じている。
まぁ……それは俺も同じなんだけどさ。
「山田さんはずっとこの仕事を続けるつもりなんですか?」
「まとまった額の資産が手に入れば辞めるつもり。
彼女たちを連れて、南の島で優雅に暮らそうかな」
「組織がそれを許すと思います?」
「代わりを用意すればいいだけの話だよ。
私と同じように役に立つ人材を見つけて育成して、
組織に身代わりとして差し出す。
つまり、君のこと」
俺がこの組織に入ったのは山田が切っ掛けだった。
たまたま見つけた求人に応募して、その時に彼女と出会った。
仕事の内容に戸惑ったものの、山田の手ほどきで結果を出した俺は、彼女の上司である『高橋』を紹介してもらったんだ。
「俺を育ててくれたのは、
身代わりにするためだったんですね」
「悪く思わないでね。
でも……こうでもしないと抜けられないんだよ。
当分は辞めるつもりもないけど……。
やっぱり最後は自由になりたいし」
「高橋さんには話してあるんですか?」
「ううん……まだ」
山田はそこそこ優秀なエージェントなので、そう簡単には辞められないだろう。
でもまぁ……高橋に話を通せば、不可能でもないと思う。
あの人、かなり影響力があるっぽいし。
高橋はたまに俺たちの前に顔を出して、あれこれとアドバイスをしてくれるが、どこで何をしているのか、いまいち分からない。
会うたびに違った商材の話をするので、いろんな物を売りさばいていると分かる。
その全てが違法寸前……というかほぼ違法なものばかりだが。
「そう言えば、この後ミーティングですけど。
高橋さん来ると思いますか?」
「来るんじゃないかな?
なんとなくそんな感じがする」
山田のカンはよく当たる。
彼女がそう言うと、たいていの場合、高橋が顔を出す。
そして、案の定。
この日もそのカンは当たった。
「遅かったな」
雑居ビルの一室。
ほとんど何も置かれていない、がらんとした空間に革張りのソファが置いてある。
そこに腰かける高橋。
近くに置いてあるスタンドのランプシェードから漏れる光が、掘りの深い彼の横顔を照らして影を作っている。
天井の照明は消えたままなので、そのスタンドが唯一の光源。
ソファの周囲にはスツールがいくつか置いてあり、すでに何人か着席していた。
全員顔見知り。
空いていたスツールに、俺と山田は並んで腰を掛ける。
「久しぶりだな、山田、斎藤」
「お久しぶりです。お元気そうで何よりです」
「斎藤、今回も順調か?」
「ええ……まぁ。今回も何人か集められそうです」
俺は組織から人員の確保を命じられている。
セミナーに参加して会員を騙し、多額の借金を追わせて奴隷にするのが俺の仕事。
組織は一人でも多くの人材を欲している。
「なによりだ。
上にもお前のことを報告してある。
この調子で行けば本部への昇格も時間の問題だ」
滅多に表情を変えない高橋が、にやりと笑って言った。




