145 反省会
「はぁ……本当にすごいですよね」
会員の一人が俺を見ながらため息をつきながら言った。
俺は複数の会員を集めて反省会を開いた。
勉強会に参加したメンバーの中から何人か選んで声をかけ、連絡先を交換して関係を作り、こまめに顔を合わせている。
その中から特に『有望』な者を選んで食事に誘った。
会場も居酒屋やファミレスではなく、夜景が綺麗な最上階にあるレストラン。
誘われた会員たちは高級感漂う空気に緊張している。
「別にすごくもなんともないよ。
コツをつかめばすぐさ」
「あの……聞いていいですか?」
短髪の男が手を挙げる。
彼の名前はタクヤ。
スポーツが趣味の爽やかな好青年だ。
「どうやって最速でステージ3まで行けたんすか?
まさか三日で達成するなんて……」
「ああ、あれね……別になんてことないよ。
ステージ1の健康食品は全部自分で買ったんだ」
「え? 自爆営業っすか?」
驚いたように目を丸くするタクヤ。
「ああ、そうだよ。
つってもノルマ10セット自爆しても10万だぞ。
それほどの額じゃないから投資だと思ってさ。
さっさと次に進んだ方が効率いいし、
時間をかけない方が得かなって」
「っすかぁ……」
自爆営業と言っても、俺は一銭も払っていない。
「ステージ2まで行くと、いろんな商品が扱えるからね。
何を売るのか自分で選べるし顧客の幅も広がる。
ぶっちゃけステージ1よりずっと楽だと思うぞ」
「それでも三日はすごいと思いますよ。
私なんてステージ2でずっと足踏みしてますし」
そう言って眉を寄せて困り顔をしているのはナオコ。
ポニーテールで地味な見た目の女性。
「んまぁ……それには……うん。
ちょっと大きな声で言えない秘訣があってさ」
「その秘訣って何ですか?
僕たちにも教えてもらえたりします?」
メガネの男が聞いて来た。
真面目そうな陰キャっぽい見た目の彼はコーヘイ。
「教えるっていうか……メソッドじゃないんだよ。
データというか」
「え? データ?」
「顧客のデータを金で買ったんだ。
とある人の紹介でね」
俺はスマホの画面を見せる。
そこには名前と住所と電話番号が記載された名簿が表示されている。
「え? そのデータって?」
「美味しい顧客のデータ。
これを元に営業をかけて、商品を売りさばいた。
ただそれだけのことだよ」
「それで最速でステージ3に?」
コーヘイの問いに、俺は頷いて答える。
「ああ、楽勝だったよ。
何事も情報が重要になって来るからね。
何も知らないで闇雲に動いても時間の無駄。
効率よく働かないと」
「すげぇ……っす」
圧倒されたように頷くタクヤ。
こいつら楽勝過ぎる。
「あの……そのデータって……」
「悪いけど、俺のは見せられないよ。
高い買い物だったからね。
それに、自分の顧客を取られるのはちょっとね」
「でっ、ですよね……」
ますます困った顔をするナオコ。
どうやらよっぽど切羽詰まっているらしい、という空気を醸し出している。
「よかったら紹介するけど?」
「でも……高いんですよね?
私にはちょっと無理かも……」
逡巡するナオコ。
他の二人も同様に躊躇っていそうな雰囲気。
「まぁ、これも投資だからね。
買うかどうかは皆次第だよ。
俺はすぐ元取れたけどさ」
「ちなみに、いくらっすか?」
「100人分で30万。
俺は3000人分買ったから900万払ったよ」
「え? そんなに⁉」
「うわぁ、まじかぁ」
「そんな……」
さすがに額を聞いて驚く3人。
「つっても、営業利益でほとんど相殺できたし、
ステージ3に上がってからは取り分が倍になるから、
今はもう元取ってプラスになってるよ」
「ステージ3って何を売ってるんですか?」
「ヒミツ」
ナオコの問いに微笑んで答える。
この程度の誘いでデータを買い取らせるのは無理だ。
少しずつ彼らの心をほだし、タイミングを見計らって決断を迫る。
金を払わせるのはその先だ。
これを彼らに買い取らせるのが俺の仕事。
無論、顧客のデータなんて物は存在しない。
ただ適当な名前と番号が並んでいるだけの文字列。
実態のない物を売って大儲け……と、そこで終わったらただの詐欺集団で終わってしまう。
組織はさらにその先の物を欲しがっている。
すなわち、こいつらの存在そのものだ。
「顧客データがなくてもステージ3までなら行けるよ。
まぁ、あった方がずっと簡単だけどね。
ステージ2まで行ったら一緒に営業に行こうか。
俺で良かったら手本を見せてあげる」
「え? マジっすか?」
「是非ともお願いしたいです!」
タクヤとコーヘイは簡単につられてくれた。
「ナオコは?」
「私もお願いしたいです。
ちょっと……お金に困ってて」
「良かったら相談にのるよ。
何か困ったことがあったら連絡して。
それとも……この後、すぐでもいいけど?」
「はい! お願いします!」
ナオコは花が咲いたように笑顔になった。
それをあっけに取られたように眺める二人。
俺は車を呼んでナオコを乗せる。
残りの二人はピカピカの高級車に目を見張り、ただただ呆然としていた。
「んじゃ、また今度。
すぐに連絡するから」
「「はい!」」
二人は深々と頭を下げ、俺たちを見送る。
まるで尊敬すべき上司に挨拶でもするかのように。
車を出してしばらくすると、ナオコが口を開いた。
「あの二人、行けそうかな?」
「あの様子ならすぐに自爆してくれるでしょ。
データも買い取ってくれると思いますよ」
俺はネクタイを緩めながら言う。
「彼らを侮って油断しないでね『斎藤』くん。
最近の子供は鼻が利くから」
「ええ、分かってますよ『山田』さん」
ナオコは俺の同僚。
同じ組織に所属する仲間だ。




