143 ジャンル
「はぁ……やってられないわね」
コルドは一人、窓を眺めてため息をつく。
全てを失った彼女は、ただただ物思いにふけるばかりだ。
テーブルの上には冷めた紅茶が三つ。
そしてお菓子が沢山並べてあるケーキスタンド。
あの後、かなり遠くまで吹っ飛ばされたのだが、スキルの力で何とか着地。
事なきを得るも重傷を負ってしまう。
組織のメンバーに助けてもらったはいいが、やはり敗北によるショックは大きい。
せっかくあと少しでソフィアを手に入れることができたというのに……。
「なぁ、副会長……俺たちはこれからどうなるんだ?」
テーブルにはゴッツとキースの二人が同席している。
彼らも組織が回収した。
「とりあえずは待機ね。
作戦は失敗しちゃったし、今は何もすることがない。
とりあえずエイダが回復するのを待ちましょう。
行動に出るのはしばらく先よ」
「あの……そもそもここは何処なんだ?」
「言ったでしょう。組織のアジトだって」
「いや、それは聞いたけど……」
困り顔で眉を寄せるゴッツ。
彼の隣でキースも不安そうにしている。
コルドたちは、とある組織の秘密基地にいる。
と言っても古城を改装しただけのもので、特に何か大きな仕掛けがあるわけでもない。
帝国と連合国の中間に存在する亜人諸国の中にある小さな城。
それが組織のアジトだった。
「これからしばらくここに滞在して、
次の指示が上からくるのを待つわ。
それまでゆっくり過ごして頂戴。
何もない退屈な場所だけどね」
コルドはそう言って紅茶に口を付けた。
すっかり冷めてしまっておいしくない。
「はぁ……分かったよ」
諦めた様子で頭の後ろで手を組むゴッツ。
キースも何も言わずにしょんぼりと俯く。
彼らはコルドによって都合のよい駒だったが、彼女が何のために行動しているのか一切知らされていない。
無論、組織の概要や目的についても同様である。
彼らに何も言わないでいたのは、不用意に情報を漏らしたくなかったから。
学校生活の中では何が起こるか分からない。
情報はできる限り秘匿しておきたかった。
もう英雄学校には戻れないので、そこまで心配する必要もないか。
そう思ったコルドは話してみることにした。
「あのね……
私たちはとある目的を達成するために頑張ってるの。
その目的って言うのは……」
キィ。
急に部屋の扉が開いた。
入って来たのは黒装束の男が二人。
一人はゴーグルをかけてあご髭を生やした細身で長身の男。
もう一人は筋肉質な目の細い男で口元を布で覆っている。
「あら……久しぶりね。
ええっと……」
「シュガーだ」
「ベルウッド」
シュガーと名乗ったのはゴーグルの方。
ベルウッドはマスクの方。
簡単な自己紹介を終えた彼らは、コルドの前まで歩いて来た。
「そうそう、シュガーさんと、ベルウッドさん。
お久しぶりね」
「人が苦労して助けてやったって言うのに、
こんなところで呑気にお茶しやがって……」
シュガーはケーキスタンドに並べてあった菓子を一つ手に取り、一口で食べてしまう。
「確か甘いものに目がないから、
シュガーって名乗ってるんでしたっけ?
テキトーな名前よね」
「うるせぇ」
「それよりも……何か私たちに用?
新しい任務でも?」
「ちっ……失敗したばかりの奴に、
そうそう指示なんてださねぇよ」
忌々しく舌打ちをするシュガー。
そんな彼を黙って見つめるベルウッド。
「なっ……なぁ、そいつらは何者なんだよ?
どうして俺たちを助けてくれたんだ?」
ゴッツが不安そうに尋ねてくる。
「あなたたちに利用価値があるからよ。
まぁ……彼らが何者なのか、
所属している組織が何を目的としているのか、
話したことがなかったから不安に感じるわよね。
だから……」
コルドは紅茶を飲み干して空になったカップをテーブルの上に置く。
「私たちの目的について話してあげるわ」
「おい」
シュガーが止めようとするが、コルドは無言でほほ笑む。
すると彼は再び舌打ちをしてこう言った。
「余計なことを言うんじゃねぇぞ。
上からはしばらく待機してろって命令だ。
俺たちはそれを伝えに来ただけだ。
本当に忌々しい女だよ、お前は」
「…………」
シュガーはそれだけ言うと、無言を貫くベルウッドを連れて部屋から出て行ってしまった。
「そっ……それで、目的ってなんだ……にゃぁ?」
キースの質問に、コルドは口端を釣り上げて答える。
「私たちはこの世界を打ち切りして作り替えようとしているの。
この世界に眠る虚無と呼ばれる神様を召喚してね。
スキルも魔法も評価も存在しない新しい世界を作る。
それが……私たちの目的よ」
「そんなことできるのかよ?」
ゴッツの言葉に笑顔を浮かべて頷くコルド。
「ええ……可能よ。
この世界のジャンルが変わればね」
「「ジャンル⁉」」
思いもよらない言葉に二人は同時に声を上げる。
「ええ……そうね。
今はハイファンタジーだけど。
ヒューマンドラマや純文学に変えられるかもしれないわ。
あっ、それとも恋愛系の方がいいかしら?」
「「…………」」
コルドの意味不明な言葉に、顔を見合わせて固まる二人。
窓の外で小鳥が一羽、部屋を覗き込みながらさえずっている。




