139 あいかわらず
どうも俺が変なものを売っているとのうわさが流れたらしい。
何も変なことはしていないのだが……。
一度疑いがかけられると、それを晴らすのは難しい。
高橋もよく一度でも逮捕されたら終わりだと言っていた。
その道の筋の人たちは逮捕されてようやく一人前とか言われているが、俺が所属していたグレーゾーンの微妙な組織では、前科が付いていないことが何よりのステータスだった。
一度でも逮捕されれば、たとえ無罪になったとしても、仕事がやりづらくなるから気を付けろとよく言われたのを覚えている。
高橋の言っていたセオリーがこちらの世界でも通用するのなら、俺は完全にアウトになった状態。
逮捕されたところでスキルを失うわけでもないので、あまり心配はしていないが。
すぐに疑いは晴れるだろうと思っていた。
しかし、どうも様子がおかしい。
尋問されるでもなく、拷問されるでもなく、ただ牢屋に入れられただけ。
丸一日近くほったらかしである。
もちろん、食事は運ばれてくるし、寝床も用意されている。
マイスが貸してくれた部屋と比べると質は段違いに悪いが、別に死ぬほど苦痛なわけでもない。
まずい飯を食いながらいつ解放されるのかと首を長くして待っていたら、面会者が現れた。
ソフィアでも、マイスでも、ファムでも、アルベルトでもなく(もちろんダルトンでもない)
面会に訪れたのは一人の中年女性。
白髪交じりの黒髪を大きく団子にしてまとめている。
これを毎日セットしていると思うと、なんかとてもシュールな感じがする。
服装は赤系統の落ち着いた色合いのドレス。
高級そうなイヤリングとネックレス。
毒々しい色合いの口紅。
明らかに悪役っぽい見た目の人だった。
「入れ」
看守に連れられ小さな面会室でその女性と対面した。
間を仕切る透明の板などはなく、机に向き合って座るように言われる。
一目見てやんごとなき身分のお方だと理解した俺は、最低限の礼節は整えようと襟を正す。
そして、軽く会釈して向かいへ座る。
目の前にいる女性の評価はなんと4.9。
俺が見て来た中で最も高い数値だ。
「あの……初めまして。
ウィルフレッドと言います」
「ええ、存じております」
「すみません……お名前を伺っても?」
「ドゥエリノ・フィルドと言います」
フィルド?
マイスの親戚か?
「あの……もしかしてですけど……」
「私はマイスの母親です」
「え? あっ」
金髪じゃないんですね。
そう言えば、マイスは側室の子供だったな。
もしかしてこの人は……本妻?
つまりは義理の母親か。
「そうだったんですか……これは、どうも」
「ここへ来た要件を手短にお話します。
マイスとの婚約を解消した以上、
彼女に近づかないで欲しいのです」
「そっ、そうですよね……」
向こうから近づいて来てるんだけどな。
……とは言えず。
「面目次第もございません」
「分かってくれればいいのです。
今日中に釈放されると思うので、
その後は彼女と距離を置くようお願いします。
では」
彼女はそれだけ言って、席を立った。
俺が逮捕されたのはフィルド家からの圧力か。
その割にはやけにあっさりだな。
「それと……」
部屋を出て行こうとしたドゥエリノは扉の前で振り返る。
「☆の数で人を弄ぶのはどうかと。
あまり気持ちの良いものではありません」
「…………」
この人、俺のスキルを知ってるのか?
まぁ、知っていてもおかしくはないが。
俺が絶対評価のスキルで生徒たちから情報を集めていると気づいているようだ。
警戒心を抱いているのかもしれない。
だが……もしそうだとしたら……。
「俺が何をしているかご存知なんですね。
でしたら……マイスとの婚約解消を撤回してもらえませんか?
きっとお役に立てると思いますよ」
俺は落ち着いた口調で言う。
彼女は俺の影響力を恐れている。
であれば、逆に利用するのも選択肢の一つとして考えられるはずだ。
ドゥエリノは頭もよさそうだし、俺の持つスキルのポテンシャルの高さにも気づいているはず。
ならば、なおさら手放せないと思うが。
「余計な心配はしなくて結構。
あなたの力がなくてもフィルド家は安泰です。
それにしても……相変わらずですね」
相変わらず?
何を言っているんだ?
「あの……どういう意味ですか?」
「そのままの意味です。
まったく変わっていない。
何もかもが自分の思い通りになると思っている。
そのふてぶてしい面構えも、あの時のまま」
意味が分からない。
俺は……ウィルフレッドはこの人と会っているのか?
いや、会っていないはずがない。
マイスの婚約者なのだから。
一度くらいは顔を合わせているはずだ。
しかし……だとしても今の発言はおかしいな。ウィルフレッドに対する評価が俺の想像と合わない。
何もかもが思い通りになると思っている?
ウィルフレッドは彼女に対してそんな態度をとっていたのか?
とても信じられないな……。
俺の知っているウィルフレッドは人生に絶望して入水自殺するようなやつだ。
己の持つスキルの可能性すら理解しようとしなかった。
なのに……あの時のまま?
「すみません、もう少し話を……」
「それでは握手をしていただけますか?」
「え?」
唐突に握手をしろと言われたが……タイミングや話の流れ的におかしい。
何かあるのではと疑ってしまい、俺は差し出された手を握り返せずにいた。
「その気はない……と。
ならば仕方ありませんね。
予定がありますので、これにて」
ドゥエリノは部屋から出て行ってしまった。
彼女が俺に何を伝えようとしたのか、まったく理解できなかった。
ドゥエリノが去った少し後。
俺はその日のうちに釈放された。
馬車に乗せられて送られたのはフォートン家。
ソフィアとファム、そしてウィルフレッドの両親が迎え入れてくれたのだが……感動の再会とはいかなかった。
何故ならその日、フォートン家は屋敷を追い出されることになったからだ。




