134 その箱に防音機能はついてない
「助けてくれてありがとう。
まっ、マイス……」
ソフィアは恥ずかしそうにマイスの名前を呼ぶ。
今まで普通に名前で呼び合っていたので、別に恥ずかしがるようなことではない。
いったい何を伝えようとしているのか。
俺が疑問に思っていると、ソフィアはとんでもない言葉を口にした。
「まっ……」
ま?
「まいっ……」
マイス?
「まっ……マイスおねぇちゃん」
――え?
――――ええっ⁉
今なんて⁉
ソフィアのその言葉に、俺は耳を疑う。
お姉ちゃん……だと?
ソフィアがマイスを……お姉ちゃん呼びだと?
聞き間違えか何かであって欲しいと思った。
そんなこと言うキャラじゃないだろ、お前。
今まで散々、殴り合って対立してきた二人だが、お互いに最高の評価を送るほど認め合う仲ではあった。
でもそれはライバルとか、好敵手とか、そんな感じの関係であって、ベッタベタ慣れ合うようなものでは……。
「…………」
お姉ちゃんと呼ばれたマイスは何も答えない。
黙ってソフィアの顔を見つめるだけ。
「え? あっ、ゴメン。嫌だった?」
無言のマイスに戸惑うソフィア。
いきなりお姉ちゃん呼びをして、相手を困らせてしまったと思ったようだ。
というか、何も言わないでいたら、不安に感じるよな。
適当に笑って流すか、やんわりとたしなめるかして、嫌なら嫌で反応して欲しいものだ。
「…………」
いまだにマイスは無言のまま。
彼女はすっと立ち上がり、てくてくと歩き出す。
「おっ、おい……マイス」
俺はたまらずに彼女に声をかけるが無視されてしまった。
マイスは表情を変えず、無言のまま手動販売機の方へと歩いて行く。
そして……。
「……よいしょ」
何故か箱の中に入って、扉を閉める。
いったい何を……。
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」
いきなり大声で叫ぶマイス。
急にどうした?
「可愛すぎだろ! かーっっっ!
可愛すぎる! 尊い! マジ尊い!
ソフィアたん可愛すぎる! 尊すぎる!
なんだあれ⁉ なにあのカワイイ生き物!
尊い! ソフィアたん尊い! マジ尊い!
かーっ! 可愛すぎる! 反則過ぎる!」
中から大声で叫ぶマイスの声が聞こえて来た。
いや……だからどうした、急に?
それからしばらく、ソフィアカワイイ、ソフィア大好き、ソフィア尊いなどという、意味不明の言動を大声で繰り返すマイス。
彼女は一体何をどう訴えたいのだろうか?
そもそもその箱には防音機能はついてないぞ。
それは彼女も知っているはずだが?
「はぁー! はぁー! はぁー!
尊ぃ……ソフィアたん、可愛いぃぃぃ!」
なかなか叫び終わらないマイス。
そろそろ収まったかと思うと……。
「かーっ! 可愛すぎる!
ソフィアたんマジ尊い!
天使か?! 神か⁉ 奇跡か?!
くううううううううううううう!
ソフィアああああああああああ!
好きいいいいいいいいいいい!」
再び叫び出すマイス。
本当に誰かどうにかしてくれ。
「えっと……あの……その……」
顔を真っ赤にしておろおろするソフィア。
どうすればいいのか分からないらしい。
反応に困るよな。
「可哀そうに……戦いのせいで頭が……」
ダルトンが心底、同情したように言う。
そう思うのも無理はない。
そうこうしているうちに魔道艇が着陸。
ファムとマイスの友達、そしてボディスーツを着た男たちが降りて来た。
確か、ソフィアと戦ってボコボコにされた人たちだったよな。
助けに来てくれたのか。
「ウィルフレッド様、すぐに手当てを!」
「あっ、ありがとう」
俺の所へカテリーナさんが心配そうに駆け寄って来る。
早速、治療をしてくれるのか、ありがたい。
「あの……マイスさまは?!」
「それが……」
「うおおおおおおおおおおおお!
ソフィアあああああああああああ!」
マイスの友達が集まってきたところで、箱の中から絶叫が聞こえて来た。
もちろん、その場にいた全ての人が耳にしたことだろう。
「あのバカは何を?
急にどうしたというのです?」
ファムの言葉に思わず苦笑いしてしまう。
「さぁ……色々あってね」
「色々とは……全く想像できません。
一体何がどうなれば、
こんな頭の悪そうな声を出せるのですか?」
「ううん……」
笑うしかないな。
本人が外の状況に気づいたら、どうなるんだろうか?
「ハァ……ハァ……ハァ」
どうやら落ち着いたようだ。
ソフィアも、俺も、ファムも、ダルトンも。
駆けつけてきた人たちも。
みんなが箱の中からマイスが姿を現すのを待っている。
そして……。
「申し訳ありません、少しだけ取り乱しました。
あの……ソフィアさん。
さっきなんて言ったのかよく聞こえませんでしたが、
後でもう一度聞かせてもらえ……え?」
自分に視線が集中していることに気づくマイス。
そして……。
「もっ……もしかして……全部聞こえてましたの?」
「ああ、最初から最後まで、全部。
ここにいる全員が聞いてたぞ」
ダルトンが呆れたように言った。
「あっ……あっ……あっ」
変な声を出すマイス。
彼女はそのまま白目をむいて倒れてしまった。
「マイスお姉ちゃん!」
倒れたマイスを心配して、お姉ちゃん呼びしながら駆け寄るソフィア。
次の瞬間、箱の中から電撃が飛び散り、地獄絵図と化した。
「ほおおおおおおおおおお!
ソフィアあああああああ!
ほあああああああああああああああああ!
尊いよおおおおおおおおおおおおおお!」
訳の分からない声で叫び続けるマイス。
この人、完全にキャラが壊れたな。




