132 遠慮なく、ぶっ壊せる
ファムの刀を振り下ろすと鎖はあっさりと断ち切られ、紫色の光が消失する。
鉄を切ったとは思えないような手ごたえのなさ。
まるでハサミで糸を切断したかのように、たやすく切れてしまった。
「ぐあっ!」
「ファム⁉」
鎖を断ち切るとほぼ同時に、ファムが敵の攻撃によって勢いよく吹っ飛ばされる。彼女は背中を手動販売機にぶつけて動けなくなってしまった。
「無駄よ! ソフィアは薬で眠らせたから!
鎖を切断したところで外へは出て来ないわ!
無駄だったのよ! 無駄!
アハハハハ! 無駄無駄!」
勝ち誇ったかのように高笑いするコルド。
俺が断ち切ったのは手動販売機を縛っていた鎖。
最後の望みとはソフィアのことだったのだ。
彼女が加勢してくれればコルドに勝てると思った。ファムもそのつもりで刀を貸してくれたのだろう。
実際、俺が鎖を切ろうとした時に守ってくれたしな。
しかし……その目論見も外れ、無駄に終わった。
当のソフィアが眠らされていたら、意味がない。
「一つお聞きしますが……
その薬は飲み物に混ぜたのでしょうか?」
ファムが苦しそうな表情をしながら尋ねる。
「はぁ? だったらなんなの?」
「いえ……気になったもので」
「ふぅん、変なの。
まぁ……教えてあげてもいいわ。
彼女を救護棟から連れ去る時に、
お薬って言って飲ませてあげたの。
それがどうかしたの?」
「いえ……もしかすると……中でお漏らしを……」
「してない!」
うん?
「え? いま……」
「ソフィアさんの声ですね」
俺はファムと顔を見合わせる。
今の声がソフィアだとしたら……。
どがああああああああああああああん!
爆発音と共に手動販売機が開く。
黒煙が噴き出したかと思うと、空高く何かが放出された。
あれは……ソフィア?
打ち上げられた物体は炎をまとい、こちらへと落下してくる。
すぐに逃げようとしたが、足がもつれてうまく動けない。
もたついているとファムが肩を貸してくれた。
なんだかんだ言って助けてくれるんだよな。
「そっ……そんな……嘘よ」
空を見上げたまま固まるコルド。
ソフィアが眠っていなかったのは、彼女にとって大きな誤算だったようだ。
燃え盛る物体が地面に落下すると、あたり一面に炎をまき散らしながら大爆発を起こした。
爆発の影響はすさまじく、俺は衝撃波によって押し倒されてしまう。
「がはっ……酷いなっ」
あたり一面地獄絵図。
まき散らされた炎によって、周囲は焦土と化していた。
と言っても、すでに魔道艇の墜落と、マイスとコルドとの戦いのせいで、めっちゃくちゃになっていたのだが。
それに追い打ちをかけるように今の爆発である。
畑の持ち主様、お詫びのしようがありませんが、本当にごめんなさい。
「誤魔化すためとは言え、やりすぎですね」
ファムが呆れたように言う。
「え? 誤魔化す? なにを?」
「ですからおもら――」
「してない!」
再びソフィアの声が聞こえる。
煙が立ち上る爆心地から、彼女が姿を現すのが見えた。
炎に身を包んだ彼女は戦闘服に着替えて……いや。
他に何か上に着ていたが、炎で燃えて完全に灰になってしまったのだ。
盛大に爆発して飛び出してきたのは――
「箱の中でお漏らしをしたから、
それを誤魔化すために……」
「してない! ウィル様まで変なこと言わないで!」
顔を真っ赤にするソフィア。
やっぱり漏らしてたんだな。
「あそこまで盛大に燃やせば、
おしっこも蒸発して証拠も残りませんからね。
さすがはソフィア様です」
真顔でファムが言う。
コイツ……こんな状況でも他人をいじって遊ぶんだな。
ソフィアはどこも怪我をしていない。
すっかり元気になっていた。
どうやら薬を飲まされたくらいで、他に何かされたわけではないらしい。
再会を喜びたいところだが、今はそれどころではない。
コルドを完全に無力化したわけではないのだ。
「だーかーら! してないってば!」
「そんなことより、ソフィア様。敵が来ますよ」
ファムが煙を指さすと、その中から全身に水をまとったコルドが姿を現した。
彼女はまだ戦意を喪失していないようで、恐れることなくソフィアの方へ近づいて来る。
「ソフィア、目を覚ましてしまったのね。
あのまま大人しくしていれば、
素敵な場所へ連れて行ってあげようと思ったのに」
「どうして私を? なんのために?」
警戒しながら質問をするソフィア。
敵対者に向けるような険しい顔つきをしている。
「理由なら後で話すわ。
今は私を信じて、一緒について来てもらえないかしら?」
「嫌、お断りします」
「そう……なら力づくで――」
「私からも一つ聞いていい?」
ソフィアは離れている場所で倒れているマイスを指さす。
「彼女に怪我をさせたのはアナタですか?」
「ええ、邪魔をしたから、仕方なく」
「そう、なら――よかった」
ソフィアは右手を力強く握りしめる。
すると、その拳の周りに炎がまとわりついた。
「遠慮なく、ぶっ壊せる」
そう呟いた次の瞬間、ソフィアの姿が消えた。




