表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
131/206

131 バッドエンドは嫌だ

 刀を鞘から引き抜く。


 その刀身は朝焼けを浴びても一切光を反射せず、闇をまとっているかのように黒く染まっている。

 黒い塗料で塗りつぶした見た目のそれは、鋭く輝く刃物よりも不気味に思えた。



 ――重い。



 爆殺丸とは違い、重量感がある。

 こんなものを振り回して戦える気がしない。


「ふぅ……ふぅ……」


 呼吸を整える。

 激痛で遠のきそうになっている意識をしっかりと保ち、前に一歩踏み出した。


 身体を少し動かすだけで、叫びたいくらいの痛みを感じる。

 すぐにでも死んでしまいそう。

 一歩歩くだけで、脳が限界だと訴えてくる。


 頼むから……もう少しだけ……あと少しだけもってくれよ。

 マイスはこの何倍もの苦痛に耐えたんだぞ。


「はっ……はっ……はっ」


 俺は腹部を抑えながら、刀を引きずって歩いて行く。

 一歩、一歩、確実に踏みしめて、少しずつ。


 水によってぬかるんだ足場。

 踏みしめると泥の中に足が沈む。


 バランスが悪いその場所を、倒れないように必死になって、確実に一歩ずつ。

 前へ、前へと、一歩ずつ着実に前進する。


 あと少し、あと少し……。


「答えなさい、何をするつもりなの?

 その剣はどこから出したの?

 まだ仲間が他にいるのかしら?」


 コルドの問いかけは無視する。

 答えている時間も余裕も体力もない。


 俺はただ、目的を果たすために前進し続けるのみ。


「ねぇ……無視するつもり?

 なら、殺しちゃうけど、いいのかしら?

 ねぇ……ねぇってば!」


 何度、呼びかけられても無視する。

 もう何がどうなっても構わない。


 俺はただ、目の前にあるソレの元へと向かって進む。

 ほんの数メートルの距離が絶望的に遠い。


「無視……か。なら仕方ないわ。

 優先的にあなたから……」

「ごばぁあああああ! ざぜない゛!」

「なっ⁉ まだ意識が⁉」


 水の中からマイスが両手を伸ばしてコルドの身体に抱き着く。

 彼女の半身はまだ水の中だが、上半身だけが外へと飛び出していた。


 どうやら注意が俺の方へ向いたことで水による拘束が緩んだらしい。

 コルドのスキルも万能ではなかったか。


「離れろっ! この死にぞこない!」

「ばなざない゛!」

「うっとおしい!」

「うぎゃんっ!」


 絡みついたマイスを振り払い、水ごと地面にたたきつけるコルド。


 先ほどまで彼女を拘束していた水の蛇は崩れるように消失し、ただの水へと戻って地面へ吸い込まれていく。

 地面に投げ出されたマイスは四つん這いになったまま大量の水を吐いて、苦しそうにせき込んでいた。


 コルドは無抵抗の相手にとどめを刺そうとするが――


「うおおおおおおおおおお!」

「なっ?! アンタまで⁉」


 戦意を喪失していたはずのダルトンが一直線に突っ込んでいく。

 コルドの身体にタックルして押し倒すと、彼はがむしゃらにつかみかかって両手で抑え込もうとした。

 戦うとか、敵を殺すとか、そう言うことすら頭にないようで、無駄に髪の毛を引っ張ったりしている。


 まるで子供の喧嘩のようだが、ダルトンのお陰で再び猶予が生まれた。

 俺はこの間も前進を続けている。


 必死に相手を抑え込もうとするダルトンだが、そんな調子でコルド勝てるはずなく、すぐに水で押し出されてしまった。


「がはっ! ごほっ!」


 大量の水で押し流されてしまったダルトン。

 彼も水を飲んでしまったのか、苦しそうに呻いていた。


 しかし、少しして彼は勝ち誇ったかのように右手を掲げる。

 引き抜かれたコルドの水色の髪が数本つかまれていた。


「この――ゴミがっ!」


 それを見たコルドは目を吊り上げて顔を真っ赤に染める。

 感情的になった彼女は水の弾丸をいくつも作り、ダルトンを攻撃しようとするが――


「――ぎゃ!」


 ダルトンに狙いを定める暇もなく顔面に泥をぶつけられる。


「ざっ……ざまぁみろ……ですわ」


 どうやらマイスが泥をぶつけたらしい。


 マイスもすでにボロボロの状態。

 キレイに縦ロールになっていた髪はぐしゃぐしゃに乱れ、顔も体も泥まみれ。

 それでもまだ戦い続けようとしている。


「次から次へと……! いい加減にしろ!」


 怒り狂ったコルドは、マイスとダルトンの身体を水で吹っ飛ばす。


 感情的になっていたからか、ただ勢いよく水で押し流すだけ。先ほどまでは的確にダメージを与えていたが……その余裕すら残されていないらしい。


「ごほっ……げほっ!」

「くっそ……いてぇ」


 マイスもダルトンも無様に転がっているが、まだ息がある。

 二人ともしぶとい……さすがだ。


「くそっ、屈辱だわ……こんな……」


 泥で汚れた顔を水ですすぐコルド。

 そんなことをしている余裕があるのか?


「ねぇ……あなたは何をしているの?

 てっきりその武器で襲い掛かって来ると思ったのだけど。

 いったい何をするつもりなの?

 ねぇ……何を……」


 コルドが呼びかけてくる。

 俺はすでに目的の場所までたどり着いていた。


「何をするつもり? 見て分からないか?」


 俺は両手で柄を握りしめる。


 ファム……これでいいんだよな?

 お前が俺にやらせたかったことは、これなんだよな?


 答える者がいない問いかけを、俺は心の中で繰り返す。


 頼む、これが正解であってくれ。

 もし俺がしようとしていることが、何の意味もなかったら。

 マイスやダルトンの抵抗が無意味になってしまう。


 そして……すべてが終わる。

 バッドエンドだ。


 そんなのは嫌だ。

 俺が主人公だというのなら、ハッピーエンドを迎えさせてくれ。

 頼むよ……。


「死ねっ!」


 コルドが水の弾丸を放つ。

 俺は今、刀を振り上げたばかりだ。


 間に合わなっ――



「早くしなさい! のろまっ!」



 水の弾丸が陰によって防がれる。

 瞬間移動してきたファムが敵の攻撃を影によって防いだのだ。


「ファム!」

「さぁ早く! 早くその鎖を断ち切りなさい!」


 敵の攻撃を防ぎながらファムが叫ぶ。

 俺は彼女の期待に応えるように、刀を勢いよく振り下ろした。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ