130 お前の賭けに乗ってやる
何かがはじけるような快音。
勢いよく飛び散る水しぶき。
「もごおおおおおおおおおっ!」
水の中で苦しそうに悶えるマイス。
彼女の口元から赤い色が滲んでいく。
「一発食らっただけなら平気そうね。
これで殴ると男の人でも失神するんだけど。
マイスさんは鍛え方が違うのね」
「もごっ……ごぼっ!」
にっこりとほほ笑むコルドに、マイスは注意を向ける余裕すらない。
なんとか脱出しようともがいているが、文字通り手も足も出ない状態。
水の中から指先すら出せないでいる。
「じゃぁ……もう一発!」
「もごおおおおおおおおお!」
再び水を纏わりつかせた拳で腹を殴るコルド。
マイスは失神寸前。
白目をむいて大量の血を吐き出している。
このままでは彼女が殺されてしまう!
なんとかして助けないと……でも!
「やっ……やめろおおおおおおおおおおおお!」
俺は叫び声をあげた。
あらゆる手段を尽くして抵抗を試みたが、無駄だった。
このままマイスが殺されるのを見ているだけなんて嫌だ。
でも、もう何もできない。
そんな歯がゆさから叫んだ言葉。
お願いだから止めてくれと懇願する願い。
俺にはもう、嘘をついて相手を騙したり、出し抜いたりする気力が残されていない。
ただただ願うばかり。
お願いだから……マイスを殺さないでくれ。
「あら、やめろっていうの?
こんなに面白いのに?
ねぇ、マイスさん。
あなたも楽しんでくれているはずだから、
止めて欲しいなんて思わないわよね?」
「もごっ……ごぼぼぼっ!」
「それとも先に彼を殺してあげようかしら?
私が彼を殺しに行っている間、
あなたに息をさせてあげてもいいけど、
どうする?」
コルドが問いかけると、マイスは首を横に振る。
君は……そこまでして俺を……。
「いい覚悟ね、マイスさん。
ということでもう一発、追加よ!」
「もごおおおおおおおおおおおお!」
さらに腹を殴りつけられるマイス。
もうほとんど力が残されていないようで、足も手も動かせずにいる。
「もっ……もう終わりだぁ!
おしまいなんだぁ!」
ダルトンが頭を抱えてうずくまり、ガタガタと震えている。
逃走も抵抗もできない、こんな状況じゃぁ、そうなるのも仕方ないよな。
俺はマイスが殺されていく様子を眺めながら、自分の番が来たらどう殺されるのだろうかと、ぼんやり思考を巡らせる。
おそらく、マイスと同じことをされたら、俺やダルトンは即死するだろう。
コルドの性格からして、できるだけ痛めつけてから殺すはずなので、別の手段をとるだろうな。
ダルトンと俺とで殺し合いをさせるだろうか?
勝った方は見逃すと嘘をついて戦わせ、結局は両方殺すのだ。
コルドならやりかねないと思う。
どうせなら一思いに一瞬で殺して欲しい。
その願いも聞き入れられそうにな――――――うん?
俺のすぐそばに黒い物体が浮かんでいる。
まるで宙に穴が開いたかのように見えるそれは……。
「え? ファム?」
ファムが作り出した影によく似ている。
というかあいつの影そのものだ。
これが現れたって言ことは傍にファムがいるのか?
いや……周囲を見渡しても誰もいない。
すっかり明るくなり、遠くまで見渡せるが人影なんて何処にも……。
あいつはこの状況で傍観していられるほど、非常な人間ではないと思う。
少なくとも、マイスや俺のことは助けようとするはず。
それをしないのは……ここに影を作り出すのが精一杯ってことか?
なんの意味もなく影を作り出したりはしないはず。
なら……。
俺は現れた影に手を伸ばす。
すると中で何かに手が触れた。
これは……。
手に触れたものを握り、一気に引き抜く。
それはファムが使っていた刀だった。
「どうして……武器なんか……」
あいつが最後の望みとして自分の刀を俺に託した?
そんなバカな。
俺は漫画やアニメの主人公じゃない。
刀を手にしたところで、まともに扱えるはずないし、敵と戦うなんて絶対に無理だ。
ましてやあんな化け物なんかと……。
それにあのバカメイドが俺に期待するとはとても思えない。
無能だの、無力だの言って、散々見下してきたあいつが……。
しかし、何の意味もなく刀を陰で送ってくるとも思えない。
あいつは俺に何かをさせようとしているのだ。
この刀で。
いいぜ、ファム。
お前の賭けに乗ってやるよ。
腹に激痛がはしって、立っているのもやっとだ。
まともに動けるかどうかも微妙。
それでも諦めるわけにはいかない。
最後の最後まで足掻き続けろ。
でなければ……。
「あら、まだ何かするつもりなのかしら?」
コルドがこちらを向いて、爬虫類のように冷徹なるその瞳でにらみつける。




