125 戦いのセオリー
ようやく封印されていた力を取り戻したマイス。
彼女はスキルの力を解放して、コルドが放った攻撃を全て防いでくれた。
「あら……どういうことなのかしら?」
「残念でしたね、副会長様。
わたくしたちは先ほどまで大ピンチでしたの!
とあるバカメイドのせいでスキルを封印されてしまい、
わたくしは何もできない無防備な状態でした。
お喋りが長引かなければ、今頃わたくしたちは、
揃ってあの世行きだったことでしょう」
「あらあら、そうだったの……」
どや顔で言うマイス。
くすくすと笑うコルド。
敵は動揺するそぶりを見せない。
「感謝しますわ、副会長様。
あなたのお喋りに救われました。
これから本気で戦わせていただきますわ」
「ええ、いいわ。
思う存分、力を使ってちょうだい。
どうせ私には勝てないでしょうけど」
コルドは涼しい顔をしている。
マイスと戦って普通に勝つつもりでいたらしい。
彼女が力を封印されていたことなんて全く知らなかったようだ。
つまり……。
「そんな風にしていられるのも、今のうちですわ!」
「ああ……怖い、恐い。
あなたが本気を出せば、私なんて一ひねりでしょうね」
「ばっ……バカにして……!」
分かりやすい挑発に乗せられ、わなわなと肩を震わせるマイス。
そんな調子で大丈夫か?
「おい、マイス落ち着けよ。
安い挑発に乗るな」
「でっ……ですが!」
「戦いは常に冷静な方が勝つ。
感情的になったらその時点で負けだぞ」
「ぐっ……! わかりましたの」
俺の言葉に冷静さを取り戻すマイス。
頼むから相手のペースに乗せられるなよ。
先ほどマイスは敵の攻撃をスキルで防いだ。
ソフィアと戦った時と同じように、電撃を纏わりつかせて防御したらしい。
相変わらずよく分からない力である。
何はともあれ、これで状況はイーブン。
相手は純水を生成して電撃を防ぐとか言っていたが、そもそもマイスの方も敵の攻撃をスキルで無効化できる。
……だと良いんだけどな。
なんか不安だ。
本当にこのまま戦って大丈夫なのだろうか?
「マイス……無理するなよ」
「お気遣い感謝いたします。
ですがここは無理をする場面です。
わたくしの大切なソフィアを守るためにも……!」
そう言って両手の拳をぎゅっと握りしめるマイス。
やっぱり最優先に思っているのはソフィアのことか。
だったらなおさら、命を大切にしてほしい。
君が死んでソフィアが喜ぶと思うか?
「行きますわ!」
マイスが全身から電撃を放ったかと思うと、次の瞬間姿を消す。
先ほどコルドがいた場所で閃光が放たれたかと思うと、強烈な衝撃波が押し寄せて来た。
それからあちこちで、閃光、衝撃波、閃光、衝撃波が繰り返し発生。
何かと何かがぶつかり合う音がしきりに聞こえ、あちこちで電撃と水しぶきがほとばしっている。
やべぇ、何が起こってるのか全く分からねぇ。
マイスとソフィアの時もそうだったが、常人の目線だと全く状況が追えない。
これが俗に言うヤム〇ャ視点ってやつか。
しばらく衝突を繰り返していた両者だったが、ある程度距離を置いて再び姿を現す。
どちらも全くの無傷――ではなかった。
マイスは肩や太ももに傷を負っていた。
と言ってもちょっと血が垂れているだけで、かすり傷程度だが。
対してコルドは全くの無傷。
制服にしわ一つできていない。
すました表情で長い水色の髪をシャランと払う。
どうやら向こうの方が一枚上手のようだ。
「あらあら、どうしたのかしら。
マイスさんの実力はこの程度?
嫁入り前の大切な身体がボロボロになってしまうけど、
このまま戦い続けても大丈夫なのかしら?」
「ふんっ、少し傷をつけたくらいで!
今からわたくしの本当に実力をお見せしますわ!」
「あら、楽しみ。早く見せてくれないかしら?」
クスクスと笑うコルドに、マイスは顔を引きつらせてムキになっている。
だから挑発には乗るなとあれほど……。
「おい、マイス!」
「わっ、分かっていますわ!」
分かってねぇよ。
全然、分かってねぇよ。
おそらくこのまま戦い続けてもマイスが勝てる見込みはない。
コルドが圧倒するだろう。
実力の差は駆け引きで埋め合わせなければならない。
相手が自分より強くても、状況を変えることで有利に戦える。地形や周囲にある物を利用すれば、圧倒的に強い敵にも立ち向かっていけるのだ。
人類は己の弱さを知恵と群れの力で補いながら、自分たちよりも数倍も大きな相手と戦い、勝利した。
工夫や策略が小さな勝利を積み重ね、文明を築いたと言ってもいい。
だからこそ、自分よりも強い相手と対峙したら、絶対に感情的になってはいけないのだ。
最後まで冷静さを保ちながら敵の弱点を探り、劣勢でも優勢を装い、あるいはあえて弱っているふりをして、敵を騙して、騙して、隙をついて一瞬で勝負を決める。
戦いって本来、そう言うものだろう。
だけど――
「行きますわっっっ!」
マイスは何も分かっていない。
無策のまま敵に突っ込んでいく。
コルドが冷たく笑っていることにも気づかずに。




