112 まるで戦争にでも行くかのような面構え
ファムと別れた俺はすぐに救護棟へと向かった。
先ほどの騒ぎから時間がたって落ち着いたのか、混乱している様子は見られない。
むしろ近くの雑木林で起きた騒ぎに気付いて、そちらの方に気を取られているようだった。
何人か建物の中から外へ出て様子を伺っていた。
騒ぎがあった方角からやって来た俺に、何が起こったのか尋ねてくる者もいたが、詳しく知らないと適当に返事をしてやり過ごす。
彼らと話をするよりも、先にソフィアの安否を確かめたかった。
「おい、何があったんだ? おいっ……待てっ!」
ここへ来た時に対応してくれた老人が話しかけてきたが、無視してソフィアの元へ。
部屋の扉を開くと彼女はベッドから姿を消していた。
「ソフィアは? ここで休んでいたんじゃないのか?」
「さっき副会長さんとやらが来て、連れて行ったぞ」
「二人はどこへ?」
「聞いてない。
なぁ……さっきの霧といい、大量の水といい……。
いったい何が起こってるんだ?」
「さぁ……僕にもさっぱり」
肩をすくめて適当に答える。
部屋を出て行っても、老人は追ってこなかった。
案の定、ソフィアはさらわれてしまった。
早く彼女を見つけなければ。
しかし……何処へ連れていかれたのだろうか?
英雄学校は広い。
一人で探すのは無理があるだろう。
やはりマイスたちに協力を求めるのが得策か。
それに……俺一人で副会長と相対しても抵抗できない。
数秒で蹴散らされて終わるだろう。
何せ、あのファムを倒した相手だからな。
俺がどんなに頑張ったとしても、足元にも及ぶまい。
ゴッツやキースとはレベルが違うのだ。
仮にマイスがスキルの力を取り戻したとしても勝てるか微妙。
ファムを倒すほどの実力者である副会長は、スキルの力はともかくとして、戦闘面での経験はマイスよりも上なはず。
果たしてどうやって対抗すればいいのか。
俺には皆目見当もつかなかった。
「おい、待て」
救護棟を出たところで、さっきの老人が呼び止めて来た。
彼は爆殺丸を手にしている。
「忘れ物だ、持って行け」
「ああ……すみません」
爆殺丸を彼から受け取る。
その武器は意外と軽く、手に持っても重量感を感じなかった。
むしろ軽すぎてすぐに壊れてしまいそうな印象を受ける。
これ……材質は何でできてるんだろうな?
少なくとも普通の金属ではないはずだ。
「それって確か、傭兵科の校舎の地下にあった奴だろ。
めちゃくちゃヤバいって噂の……」
「ご存知なんですか?」
「知らないはずねぇだろ。
かの伝説の賢者が使っていた伝説の武器だからな」
伝説、伝説、うるせぇよ。
「あの……そう言えばコレ、どうやって使うんですか?」
「それで思いっきり相手を殴るんだよ。
すると大爆発が起こって敵が死ぬ」
「爆発に巻き込まれたら死んじゃいませんか?」
「ステータスを消費して耐えるんだよ。
普通だったらそんな武器を使ったりしないが、
かの伝説の賢者は恐れずにその武器で伝説を作った。
だてに伝説の武器じゃないってわけさ」
だから……伝説はもういいって。
どうやらこの爆殺丸。
相当に扱いづらい武器のようだ。
こんなもので敵と戦うなんてどうかしてる。
伝説の賢者様とやらは、頭のねじが何本も緩んでたんだろう、きっと。
まともな思考回路をしているとは思えない。
「教えてくれてありがとうございます」
「なぁ……様子が変だぞ、お前。
まるでこれから戦争にでも行くような面構えだ。
さっきまでと雰囲気がまるで全く違う」
「ええ……そうでしょうね」
殺されかけた上に、そいつらと戦ってたからな。
興奮状態になっているのかもしれない。
脳内でアドレナリンがドバドバ出ているのを感じる。
戦いの高揚感が薄らいでいない。
この状態を保てば、たとえ副会長と相対してもビビらずに済むだろう。
十中八九、殺されるだろうけど。
「色々とありがとうございました、では」
「気をつけてな」
俺を心配そうに見下ろす老人。
この人もなんだかんだ言って、結構いい人だったな。
爆殺丸を受け取った俺は学生寮の方へと急ぐ。
結局、マイスたちと合流することにしたのだ。
学園内を捜索するにしても、一人だと難しい。
何人かで協力して探した方が良い。
寮の入り口へ着くと、すでにマイスたちが降りて来ていた。
ファムから事情を聞いたんだろう。
「すまない、待たせた。ファムは?」
「わたくしのフロアで休んでもらっていますわ。
彼女を倒したのは副会長様とのことですが……
事実でしょうか?」
「ううん……」
俺はその副会長と直接会っていないので、事実かどうか分からない。
しかし、今はそんなことはどうでもいいのだ。
「分からない。
それよりもソフィアだ。
彼女を連れ去ったのは副会長で間違いないと、
救護棟の職員が言っていた」
「そうですか……」
「なぁ……その副会長ってどんな奴なんだ?
情報がないからさっぱり分からん。
分かっていることだけ教えてくれないか?」
「ええっと……」
マイスは困ったような表情を浮かべる。
「実は……わたくしも存じておりません。
たしか水を操るスキルをお持ちだとか。
あと……あまりよくない噂を……」
よくない噂?
いったいなんだ?
「豚をいじめるのが趣味だと聞いたことがありまして……」
ああ……あの豚か。
そう言えば桧山の奴、生徒会室にいるのか?
奴から話を聞けば何か分かるかもしれない。




