107 戦闘技能
「てめぇ、逃げてばかりじゃなくて、かかってこいよ!」
手招きをするゴッツ。
俺が相手をすると思うのか?
奴の言葉を無視して、キースの様子を伺う。
不安そうに俺の方を見ている。
二人の関係性と、戦闘能力の有無についてだいたい分かった。
まず、ゴッツに実戦経験はない。
それどころかまともに訓練すら積んでいない。
そもそもこの世界の人たちは、戦う時にスキルの力に依存している傾向にある。
これはソフィアが退役した元エリートと戦っていた時に思った。
元エリートたちは全員がスキルの力を使い、接近戦はしていない。
ステータスの消費をするよりも、スキルの力そのもので戦った方が強いのだろう。
だから……基本的に俺が想定するような戦闘能力はあまり重要視されていないと見える。
例えば、拳や蹴りでの徒手格闘や、柔道などの投げ技・寝技・締め技、傭兵科の生徒たちがやっていたような剣やこん棒を使った接近戦、弓や投石などの遠距離攻撃など。
向こうの世界では当たり前だった戦闘技能はあまり重要視されず、スキルの強さでほぼ全てが決まる。
それはソフィアとマイスの戦いぶりを見ても分かる。
彼女たちはプロレス技のような攻撃を繰り出して戦っていた。
あの二人が英雄学園の最強であるとするのなら、スキル以外の細かい技能は一切意味をなさないと断言していいだろう。
二人の戦い方は洗練された戦士の動きではなく、無秩序に力をぶつけ合っているだけのように感じた。
つまり……常日頃からスキルの力をいかに発揮するかばかり重要視されていて、ステータスを消費して敵と戦う訓練はほとんど受けていない。
それはゴッツも同じなのだろう。
奴の戦いぶりを見ていれば分かる。
まるで小学生の喧嘩じゃないか。
ステータスを使って戦う訓練をしていないから、ダッシュで駆け抜けたり、大岩を投げつけたりしか攻撃方法が思い浮かばないのだ。
その方法がどんなに効率が悪いかも分からず、無駄にステータスを消費し続けている。
この様子であれば、俺にも勝機はある。
何故なら状況はほぼイーブンだからだ。
戦闘訓練をまともに受けていない俺と連中は実力面でどっこいどっこい。
奴らのスキルも戦闘向きじゃないし、俺と大して変わりない。
唯一違うのはステータスの残数くらいか。
ゴッツもキースもそれなりにストックしていそうだし、不用意に肉弾戦を仕掛ければ間違いなく返り討ちにあう。
そうならないように工夫する必要があるな。
さて……どんなふうに追い詰めるか。
二人の関係を見る限り、ゴッツの方が一方的に依存しているように思える。
というのも、攻撃しようと俺の方へ来ても、わざわざキースの方へ戻っていくくらいだからな。
一人になりたくないという彼の気持ちが伝わってくる。
よほどキースを手放したくないようだ。
その理由は……おそらくゴッツのスキルにある。
奴の霧を発生させる力は、十中八九、目くらましの用途で使われる。
姿を隠して敵をかく乱する以外にも使い道はあるだろうが……この状況では他に使い道はないだろう。
奴がキースから離れようとしないのは、彼が索敵能力持ちだからだ。
万が一の時はスキルで霧を発生させて姿を隠し、キースの能力で敵の位置を察知して、有利に戦いを運ぼうという魂胆だろう。
見え見え過ぎるんだよな。
俺はゆっくりとあたりを見渡す。
周囲には遮るものが何もない。
さっきゴッツが放り投げた岩ははるか後方へと転がっている。
「逃げるんじゃねぇぞ……この臆病者!」
ゴッツがうるさい。
さっきからぎゃぁぎゃぁと騒いでいるだけ。
奴は戦い慣れしておらず、攻撃をよけられて動揺しているらしい。
というか、最初に首を絞めた時にはすでに、奴の目には迷いが浮かんでいた。
人を殺すのが怖いのだろう。
だから、俺を殺しきれなかった。
せっかくの機会を逃してしまった。
不意を突いたあの一瞬がラストチャンスだったというのに。
「さっきからなんなんですか!
どうして僕を殺そうとするんですか!」
必死の形相で呼びかけてみる。
表情を作るのは得意だ。
「うるせぇ、こっちにはこっちの事情があるんだよ!
てめぇーに話す義理はねぇ。
とっとと死ねよ!」
そう言いながら動こうとしないゴッツ。
死ねと息巻くのなら、殺しに来いよ。
「いっ……嫌です……うわああああああああ!」
俺は踵を返して逃げ出した。
こうすれば奴は必ず後を追って来る。
ステータスを消費しての突撃攻撃。
これをよけ損ねたら致命傷になりうる。
だが……この攻撃さえ避ければ……。
俺は走りながら振り返る。
すると、すぐ目前までゴッツの顔が迫って来ていた。
「やべっ……まずっ!」
想像していたよりも早いタイミングでの接近。
避け切れ――




