106 初陣
「ぶはあああああああああ!」
突然、降り注いだ大量の水。
押し寄せる水に押し流された俺は、気づけば林の外へ押し流されていた。
周囲を見渡すと誰もいない。
どうやら逃げ切れた……のか?
ゴッツとキースが近くにいるはずだ。
早くこの場を離れないと。
「いてて……」
首筋に痛みを感じる。
死ぬかと思うほど絞められたので、圧迫されたところがズキズキする。
ゴッツやつ……本気で俺を殺す気だった。
それでも、ファムの声に迷いが生じたのか、一瞬だけ奴の手から力が抜けた。
どうやらまだ迷いがあるようだ。
俺のカンだと、奴にはまだ人を殺した経験がない。
本職の人間だともっと淡々とやるからな。
何はともあれ、突然流れて来た水のお陰で助かった。
早くファムと合流して守ってもらおう。
俺一人だと危険だ。
「あそこだよっ!」
キースの声!
もう見つかった⁉
キースには索敵能力があるからな。
どこに隠れても無駄だろう。
どのみち、周囲には隠れられる場所など何処にもない。
さっさと逃げるに限るか。
声のした方を見ると、キースとゴッツが並んで立っているのが見えた。
二人からはかなりの距離がある。
このまま逃げればなんとか……。
「ぬおおおおおおおおお!」
ゴッツが近くにあった大岩をつかんで叫び声を上げる。
人の力では持ち上げられそうにないほど大きいが……。
ゴゴゴゴゴ……!
ゴッツは軽々と大岩を持ち上げて両手で頭の上に掲げる。
なんて馬鹿力……と思ったが、違う。
あれはステータスを消費して発揮した力だ。
STRの値を消費すれば、大岩を持ち上げることだって可能なのだろう。
今まで軽く考えていたが、ちょっと怖いぞ、この世界のステータス消費能力。
常人ではありえないほどの力を発揮できるらしい。
「うおおおおおおおおおおお!」
ゴッツは大声を上げて大岩を放り投げる。
宙高々と舞うそれは、きれいな放物線を描いて俺の方へ飛んできた。
ずがあああああああああん!
地面に着弾するなり、大きな音を立てて転がる大岩。
大地が削られた跡がはっきりと残る。
こんなのが当たったら即死するぞ。
幸い、命中率はさして高くないようで、俺のいる場所からかなり離れたところに着弾した。
棒立ちしていても大岩の攻撃であれば避けるのはそう難しくなさそうだが……。
それでもこのまま奴が攻撃してくるのを黙って見ているわけにはいかない。
こちらからも何かしないと……。
つっても、俺にできることは限られてるからな。
反撃しようとしてもゴッツを倒すことは不可能だろう。
ステータスを消費してもできることはたかが知れている。
であれば……とっとと逃げるに限るな。
あんな連中の相手をしている暇は……。
「うおおおおおおおおおお!」
ゴッツが走り始めた。
ものすごく速いスピードで。
人が走る早さは、俺が想定する範囲内では、自転車や原付よりも遅い。
どんなに走ることに特化した人間でも、人としての限界は越えられないはずだ。
ゴッツの速さは想像を絶していた。
うまく言えないのだが……例えるなら瞬間移動。
10m以上は離れていた場所から、俺のすぐそばまで接近。
自転車や原付なんて目じゃない速さのスピード。
それはもう新幹線とかレーシングカーとか、そういうレベルの速さ。
「うわぁっ!」
慌てて横に飛んで走って来るゴッツの進行方向から飛び出る。
奴の軌道はまるで弾丸のように真っすぐに俺へと向かっていた。
ずだだだだだ!
さっきまで俺がいた場所を勢いよく走り抜けるゴッツ。
少し進んだ先でUターンして俺の方を向いて立ち止まった。
「避けるんじゃねぇよ、バカが!」
どうやらゴッツの突撃攻撃は精度が高くないらしい。
大岩の攻撃もそうだが、狙いが正確でないのなら俺にも勝機はある。
ただし、この様子だと逃げ切るのは難しそうだが。
ゴッツのステータスの残りがいくらあるのか分からない。
だからこのままガチンコでぶつかり合っても、無作為に逃げ続けても、俺が生き残る可能性は低いだろう。
ファムが助けに来てくれるのを待つという手もあるが……ちょっと望み薄かな。
普段のアイツならすぐに助けに来てくれるはずだ。
にもかかわらず、姿を見せないのは……彼女が戦闘に巻き込まれたか。
あるいは……。
悪い想像をするのはよそう。
俺が生き残れる可能性を見出すためにも、焦ってはいけない。
落ち着いて状況を整理して、生き残る道を探すのだ。
「行くぞこらああああああああああ!」
再びゴッツが走り出す。
勢いよく走り抜けていく奴の軌道は実に読みやすい。
まっすぐに俺へ向かって走って来るだけだからな。
走り始めたら一瞬で間合いを詰めてくるが、衝突する前に軌道から抜け出すことは可能。
俺は落ち着いて奴の軌道を読み、その射線から飛び出せばいい。
なんか、チキンゲームをしているみたいだな。
車にぶつかる前に避けるみたいな。
異常な状況ではあるものの、俺は少しだけ楽しんでいた。
攻撃をよけながら、奴の弱点を探り、自分にとって有利な状況を作り出す。
いつもとやっていることがあまり変わらない。
俺は奴をドツボにはめればいいのだ。
「クソがっ!」
走り抜けていったゴッツは、どういうわけかキースの傍に戻って行った。
連携をとるわけでもなく、奴が一人で動いていて、片割れは何もしない。
二人の関係性が少しずつ明らかになっている。
これは……勝てるぞ。
俺は少しだけ口角をにやりと釣り上げる。




