102 姿の見えない敵
ファムはすぐさまソフィアが寝かされている部屋へと駆けつける。
彼女のほほをなでて無事であることを確認し、刀を抜いて敵の襲撃に備えた。
……が。
しばらくたっても敵の気配がしない。
どうやら建物の中に入って来てはいないようだ。
何かおかしいと思って周囲を警戒する。
感じ取れるのは職員の気配だけで、明確な殺意や悪意を持った存在は確認できなかった。
……まずい。
今更ながらに危機感を覚えたファムは、慌てて外へと飛び出した。
すでに霧は晴れている。
どこにもウィルフレッドの姿が見当たらない。
ここでようやく敵の狙いに気づいた。
最初から連中は彼を狙っていたのだ。
自分自身の浅はかさを悔いるファムだが、後悔している暇はない。
すぐに後を追わなければ。
あたりを見渡すと、微妙に草の上に何かを引きずった跡が残されている。
ウィルフレッドを無理やり連れて行こうとしたのだろう。
これをたどって行けばすぐに追いつける。
そう確信した彼女は襲撃者たちの後を追った。
しばらく走っていると雑木林が見えてきた。
マイスと立ち話をした場所だ。
おそらく敵とウィルフレッドはあの中にいる。
……っ⁉
不意に死の予感が一閃する。
危険を感じて足を止めると、顔のすぐ横を何かがかすめた。
質量のないそれはまばゆい閃光を放つ一筋の光。
目もくらむようなまばゆいその光の帯は、はるか彼方へと飛んで行った。
「いっ……今のは……」
暗闇になれかけていた目が閃光に焼かれ、視界が一時的にぼやける。
このままここに突っ立っていたら間違いなく殺されると思った彼女は、慌てて『影』で防御陣形を構築した。
『影』はあらゆる物理攻撃を防ぐ。
投石や弓矢であれば、影で包んで無力化できるのだ。
と言ってもファムが生成できる『影』には限りがある。
全ての攻撃を防げるわけではない。
彼女の周囲には影によって生成された無数の盾が存在している。
その一つ一つの大きさは、掌をいっぱいに広げたくらいしかない。
盾の隙間を狙われたら、まったくの無敵というわけでもないのだ。
ましてや今のアレを食らったりしたら……。
敵はどこだ?
ファムは目を凝らして周囲を探る。
敵の気配を読むのは得意だ。
しかし、明確な殺意を捉えることはできなかった。
おそらくだが距離が開きすぎているのだ。
どこに身を隠している?
こんな場所で……。
ファムの周囲には身を隠すものがない。
雑木林に身を隠しているのであれば、すぐに気づくはず。
にもかかわらず……攻撃は全く別の方向から飛んできた。
何度も確認するが、敵の姿はどこにも見当たらない。
いったいどこに……。
――そこ!
何もない場所で、ギラリと何かが光る。
次いでさっきの閃光が一筋の光となって放たれた。
防御するよりも避けた方が早い。
そう直感したファムは即座に回避行動をとる。
敵の攻撃速度はすさまじく、ファムの方を閃光がかすめる。
じりじりと焼けつくような痛みが皮膚の表面に走った。
これは……熱⁉
炎とは違ったタイプの攻撃。
つまりあれは……。
「姿を現しなさい!
あなたがどこにいるかは分かっています!
これは警告です!
もし攻撃を続けるようであれば、
私はアナタを殺害しなければなりません!」
ファムは大声で叫んだ。
その返答は閃光での攻撃だった。
ファムはあらかじめ影の盾を全面に集中させており、正面から閃光による攻撃を受け止めることができた。
しかしながら、影は物理攻撃を無条件で防げても、それ以外の攻撃には弱かったりする。
特に光系統のスキルには。
閃光を受け止めた影は光によって打ち消され、ボロボロと崩れて言った。
一度に生成できる影の数には限りがあり、破壊されるとしばらく追加で生成できなくなる。
全ての影を潰されてしまったら、瞬間移動も、物品の取り出しもできなくなる。
まぁ……その心配をする必要はないのだが。
ファムは何もない草原をジグザグに走りながら敵へと接近する。
姿は確認できないが、おおよその位置は把握できた。
何度も閃光が放たれるが、その全てを回避した。
まっすぐに突っ込んで行かない限りは安全だろう。
狙いをつけるのは苦手と見える。
「くっ……」
ファムが近づくと、敵はようやく移動を始めた。
何もない場所にいたその敵が移動を始めると、次第にその正体が露になる。
姿を現したのは女子生徒だ。
確か名前はエイダと言ったか?
どうやら敵は透明化していたようだ。
閃光も彼女のスキルだろう。
つまり敵の能力は……。
「がはっ!」
ファムは逃げるエイダを背後から刀で貫いた。
したたる血液の量が致命傷であることを示している。




