100 感想
「いかがでしたか?」
話し終えたファムは俺に反応を求める。
いや……いかがでしたかって……。
はいそうですかとしか思わん。
こいつの父親は果たして殺されるようなことをしたのだろうか?
確かに結婚相手を勝手に決めたり、進路を押し付けたりと、彼のしたことは褒められたことではない。
だが、殺されるようなことではないと思うのだ。
しっかし……これまた仔細をこまごまと語ったなぁ。
こいつには小説家の才能があるんじゃないか?
父親を殺したところなんて微妙に比喩とか入れてたし、なかなか表現にこった話し方をしていた。
もしかしたら誰かに話すためにずっと練習していたのかもな。
……こいつが一人でぶつぶつ話す練習をしているところを想像すると、ちょっと怖いけど。
「いかがでした……って聞かれてもなぁ。
特に感想はないよ」
「左様ですか」
「それで……お前は父親を殺してその後どうしたんだよ?」
「傭兵として働いてアルベルトさまに拾っていただきました」
そっちの話も詳しく聞かせろよ。
だが、コイツは自分から話す気はないようで、アルベルトとの出会いのくだりについては何も言おうとしない。
俺も聞く必要が無いと思ったので、あえて尋ねたりはしなかった。
「そうか……父親を殺せてスッキリしたか?」
「ええ、それはもう」
にんまりとほほ笑むファム。
やっぱりコイツ、怖い。
「でさぁ……ちょっと疑問なんだけど。
やっぱり自分がハーフなのはコンプレックスなわけ?」
「それは……」
言いたくないのか、それともどういえばいいのか、ファムは言い淀んでいた。
この質問も本来ならすべきではなかったかもしれないが、彼女は別に不快感をあらわにはしていない。
しつこく突っ込まなければ大丈夫だろう。
しばらく待っていると、ファムはこんなことを言った。
「もし私が純粋なエルフか、あるいは人間だったとしたら。
もっと別の人生を歩んでいたでしょうね」
「そっか」
こいつが戦闘員以外の仕事をしている姿は想像できないが、別の道へ進む可能性があったのは確かだろう。
もしかしたら本当にただのメイドになっていたかもしれない。
まぁ、向いているとは思えないが。
「今のお前がベストなんじゃないのか?
そのスキルで思う存分に活躍してきたんだろう?」
「ええ、たくさんの敵を殺しましたよ。
イヤになるほど」
「殺しの話はどうでもいいよ。
楽しかった思い出とかはないのかよ?
例えば、手柄を上げたとか、大逆転したとか……」
「とくには」
ファムはつまらなそうに言う。
こいつにとって傭兵家業って単なる食い扶持に過ぎないんだな。
だからこんなにも退屈そうなのだ。
もしかしたら……。
「ファムってさ、恋愛とかしたことあるのか?」
「ウィルフレッド様になら」
「いや……それは……」
こいつがウィルフレッドに抱いていた思いは、断じて恋愛などではない。
ただ暗い性欲のはけ口を探していただけだろう。
「俺が聞きたいのはさ……
年下の男の子に抱いたよこしまな思いとかじゃなくて、
ちゃんとした恋愛の話とかで……」
「ちゃんとした恋愛とは?
その定義とは?」
「ううん……」
なんて言えばいいんだろう。
まったくもって分からない。
しかし、コイツを納得させる必要はないんだよな。
別に。
「恋愛ってのは、誰かを好きになるってことだ。
お前が誰かを愛したのならそれが恋だよ。
ウィルフレッドの他に好きになった人はいないのか?」
「……いませんね」
彼女は真顔で言い切った。
この様子だと本当にいなそうだ。
「あのさ……もしかしてだけど……」
「ええ、そのもしかしてです。
私は処女です」
「……そう」
ファムは処女でしたか。
そうですか。
父親を殺さないで里に残る選択肢もあったはずだ。
きっと何不自由なく暮らせたことだろう。
肉親を殺して手に入れた自由。
こいつはその自由を手に入れておきながら、恋愛も一切せずに傭兵として働き、アルベルトに拾われてフォートン家に何もできない駄メイドとして迎え入れられた。
幸せな人生かと聞かれたら、果たしてそうなのだろうか?
疑問しかない。
それに……以前にコイツの人生を『お気に入り登録機能』で調べてみたが、その時は確か、父親を殺した情報は書かれていなかった。
生徒会の連中や手動販売機の中の人の人生は、マイナスな部分まで詳細が書かれていたので、あの昨日は過去の重大な出来事について表記していると思われる。
つまり……だ。
父親を殺害したなんて大イベントを見逃すはずがない。
もし本当に殺していたりしたら、間違いなくその出来事について表記されるはずなのだ。
だから……。
「……なんでしょうか?」
俺の視線に気づいたファムは首をかしげる。
おそらくだが、コイツは自分の父親を殺していない。
確証はないが……ほぼ間違いないと思っている。
さっきのは全部作り話だったのだろう。
ファムの父親の死因は娘に殺されたからではない。
こいつはそのことを意図的に隠そうとしている。
正直言って、嘘をついているとは思えなかった。
嘘つきって必ず普段とはちがった仕草をしたりするからな。
でも、コイツにはそれがなかった。
長年の経験により嘘を見抜かれない技でも身に着けたのだろう。
『お気に入り登録機能』までは欺けなかったが。
「いや……別に。
お前もいろいろ大変だなって思って」
「ご心配ありがとうございます。
低能なくせに人の心配までしてくれるんですね」
「…………」
いちいち口が悪い。
俺の方が強かったら絶対にぶんなぐってる。
女を殴る趣味はないが、コイツだけは例外だ。
その時が来たら覚えていろよ。
ぶわっ!
「うわぁ! なんだ⁉」
あたり一目、急に白い煙が噴き出してきた。
どこからともなく現れたその煙は俺たちの周囲をあっという間に覆ってしまう。
ぱりーん!
ガラスの割れる音!
これは……。
「敵です! ソフィアさんが危ない!」
ファムが言った。




