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某月某日
早朝、ダリオ様が寮から出てこられるお時間。
いつものように男子寮が確認できるギリギリの植え込みにてダリオ様の登校を見守る。
出待ち当初はあまりにも目立つ場所で待ち伏せしていたせいで、職員に注意された。
その時に、また同じことをしたらご両親に来てもらう。と釘を刺されてしまった。
ダリオ様はあまり人付き合いがお得意ではないと見えて、いつもお一人で朝早く登校される。
大方の生徒は始業ギリギリに間に合うようにしか登校されないのに、流石です。
今日は右側の襟足が僅かながら跳ねている。
きちんと髪を乾かさずご就寝されたのかしら。
お席はお隣ですが、身分の壁とやらがあって気安くお話かけられない。
”おはようございます”のご挨拶だけでもしたい。
またあの時のような笑顔が拝見したいけど、最近はこちらを見なくもなった。
もしかして、出待ちに気づかれた?
=== === ===
日に日に増していく私の願望はもはや欲望レベルまで達していた。
ダリルノートにメモするぐらいでは追いつかないほどに。
ノートも三冊目に突入しました。まずい。
あまりにも推しが身近すぎてブレーキのかけどころがわからない。
これが前世なら課金しまくりなんだけど、それができない今、追っかけが唯一の楽しみになりつつある。
今の所、この世界の価値観が”前世ではストーカー行為=情熱的行動”だから助かってるけど……
今の私は学園でぼっちだし、勉強も前世の知識で乗り切れちゃうし(そんなんでもダントツ一位)やることないのが悪いのよね。(あ、はい。言い訳です)
せめて魔法がある世界ならスキルアップに時間かけられたのに。
先日も古典的な手法だけどハンカチを落としてみた。
何と言ってもこの世界は乙女の妄想が詰まったなんちゃってヒストリカルな世界なわけじゃない?
ダリオ様はフェミニン(過信です)だから拾ってくれると目論んだ。
ダリオ様がお一人でいるところを見計らって、目の前でハンカチをポケットに入れ損なって落としたふりを装った。
『ナイス、絶妙なタイミングとポイントだわ』そう言って心の中でガッツポーズをしたが、当のダリオ様は気がつかないのかスルーされちゃった。
反対に、この学園の庭師に
「お嬢様、ハンカチを落とされましたよ」
ってかなり遠くから走り寄って来られたけど。
その後、何度かやってはみたんだけど、なかなか気がついてもらえない。
落とす場所が悪いのか、落とし方が悪いのか、アレコレやっているうちにいつの間にか1日に10数枚のハンカチをダリオ様の前に落としていた。
しかも、ハンカチの消費が常識の範囲外になったため、メイドから『洗濯が大変なので1日、2〜3枚でお願いできないでしょうか?」ってお願いされた。
ううむ、枚数に制限がかかってしまった。
それなのに、あ〜また今日も素通りされちゃった。
この世界では貴族が物を拾うのは、もしかしてタブーなの?
このままでは埒が明かないので、仕方なく実力行使に出てみた。
「すみません、こちら落されませんか?」
と、自分が落としたハンカチをわざとらしくダリオ様に差し出してみた。
もう、ここまでくると前世のおじさま方の言うマッチポンプってやつだ。
振り向いて私の顔を見た瞬間、ダリオ様はギョッとした顔をして頭を左右に激しく振ると
「いえ、それは僕のじゃありません」
怯えたような震える声で言った途端、走るように逃げてった。
うーん、流石にやりすぎたか。ハンカチ作戦は失敗かも。
なんてのんきに次はどうしようかと考えていた矢先、私は学園長室に呼ばれた。
=== === ===
「失礼いたします。ベルナルディタ・スビサレタでございます」
丁寧にお辞儀をして学園長室に入ると、長いお髭が威厳たっぷりの学園長と、え、お父様?なぜ?
「スビサレタ嬢、そこにかけなさい」
そう言ってお父様の横に座るように言われた。
イケメンパパの顔が心なしか渋くなってる。
学園長はお父様に飲み物を勧めたが、もちろん悠長にお茶なんぞ飲んでる雰囲気じゃないのは私にもよくわかった。
白髪の魔術師みたいな学園長が、私を一瞥するとおもむろに重い口を開いた。
「実は先日より、ご息女が毎日ハンカチを故意に学園内に落としていると報告を受けましてな。それが一枚とか二枚とかのレベルではないらしいのだ。日によっては十数枚の時もあったらしい。もちろん、それ自体になんら問題があるわけでもないが、『何かの呪詛か?』『願掛けの一種ではないのか?』などと学園内が不穏な空気になっておる。庭師からも拾って良いものかとの同様の苦情が上がっておる。よって学園ではご息女に暫くの間、自宅謹慎してもらうことになった。今日はこのまま、ご息女と帰宅していただきたい。再登校の日時は追って沙汰をする」
と、こちらの反論を受け付けることなく言い切った。
確かに、10数枚はやりすぎたのは認める。認めるけど......。
私の言い分も聞いて欲しくて口を開こうとしたその時、黙って聞いていたお父様が
「ご面倒をおかけいたしました」
と、学園長に告げると、私の手を取りそのまま学園長室から退室した。
「さ、ディータ。家に帰るぞ」
そう言って馬車の止めてある正面玄関まで引きずられるようにして連れて行かれた。
考えたくないけど......
えっと、私ってばハンカチ落として停学になっちゃったってこと?
お目汚しいたしました