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「ちょっ、ちょっと待ちなさい。レオ」
寮の廊下を早足で歩く私の心の柔軟剤・レオの腕を引いて止めた。
「もう、きちんと説明してくれないかしら。それに、出かけるならアレナス夫人に一言言っておかなければ」
「ああ、アレナス夫人になら先にお父様の手紙を渡してあるから大丈夫ですよ。それより王宮の馬車を待たせてあるから急いでください」
そう言ってレオは私の腕を引っ張って寮の玄関へと連れていく。
そこには待たせたるという王宮の馬車が、一台止まっていた。
『霊柩車かよ……』
前世でもあまり見かけなくなった金の仏閣のようなアレが、その気恥ずかしくなるほどの派手な馬車が寮の玄関の前に鎮座していた。
馬車には金を基調とした派手な王宮のお仕着せを着た御者が二人に従者が二人、それと侍女と思われる女性が一人いた。
『なんという金の無駄遣い』こんな時、前世での庶民な自分に嫌気がさす。
しかし、生粋のお坊ちゃん・レオはなんの躊躇いもなく馬車に乗り込むと「お姉様、早く早く」と無邪気に声をかけてくる。
生きて霊柩車に乗り込むことになるとは(馬車だけどね)思わなかったよ。
『はぁ』レオに気づかれないようため息をつくと従者の手を借りて馬車に乗り込んだ。
しかし、流石、王宮の馬車。乗り心地は最高だ。
内装は(も、か)すごいことになっているけど。なんかキャバクラみたい――
あ、いや。なんでもない。なんでもない。
乗り心地最高のふかふかのシートにどっしり腰を下ろすと、目の前には私の可愛い小動物・レオがいる。
こんなところでも安定の可愛さよね。
「お姉様、僕がいなくて寂しかった?」
私の心を見透かしてか、小首を傾げレオは言った。
天然。まさに天然ものの破壊力。くー、何。この可愛い生き物は。
「ええ、とても。でもレオは王宮で楽しかったでしょうね……あらやだ」
私は大切なお約束を忘れていたのに気がついた。
「これから王宮に行くのよね。王陛下への挨拶ってなんて言えばいいのかしら」
(というか固有の挨拶があったとしても、ちょっと言いたくないっていうか)
「大丈夫ですよ、お姉様。今日は非公式らしいから普通で」
「そう……なの……?」
ちょっと、安心した。
よく小説で帝国の太陽とか輝けるなんちゃらって修飾語がつくじゃない。
文章として読むのはいいけど、実際口にするのはね―――ってもう一つ重大なことを失念していたよ。
「ちょっと、レオ。この国の名前って……」
「えっ……お姉様……。今、この後に及んで。ですか?」
「ええ、レオ。今、この後に及んで。よ」
確かこの国の成り立ち的な授業があったはずなんだけど、私、その時期まるっとお休みしてたんだよねー。机の角に頭ぶつけて。
その後、学期末の試験勉強したはずなんだけど、なんか試験が終わった後『記憶よサヨウナラ〜』ってなってたようで。
「——お姉様」
レオは呆れた目をしてこちらを見ている。ヤーメーテー、そんな目で見ないで。
外にまで聞こえるんじゃないかというぐらい大きなため息を一つすると、レオは私に耳打ちして教えてくれた。王様の名前も一緒に。
ありがとうレオ。何かあったらお姉様に言ってね。何があっても助けてあげるから。
王宮の馬車だからなのか、道が空いていたのか、一度も止まることなく王宮まで着いた。
従者の手を借りて馬車を降りた後、今一度振り返ってみる。
『やっぱりどう見ても霊柩車だよな』
そんな不謹慎なことを考えながら、父母の待つ部屋までの長〜い廊下をレオと二人歩いていた。
==========< 閑 話 >==========
「レオ、姉上を迎えに行くんだって?」
「そうなんだ。馬車を借りるよ」
「なら、いいのがあるんだよ」
アルフレドは悪戯っぽくニヤリと笑った。
レオカディオを王宮の馬車置き場まで連れて行くと、問題の馬車を指し示した。
「ヒュ〜凄いなこれ。アルもこれに乗るのか?」
「乗らないよ。これは父上が嫌がらせのために作った馬車なんだ」
「嫌がらせ?」
「そう、嫌がらせ。乗ってみればわかるよ」
アルフレドは出入り口付近にある管理室に例の馬車を貸し出すように告げる。
「王太子殿下、準備がありますのでいま少しお待ちください」
管理人は御者の詰所まで行くと例の馬車のお召しがあったと伝えた。
中からは命令を聞いた御者のうめき声が二人の元まで聞こえてきた。
天気が良かったので猫を洗いました
しばらくは半径1M以内に近づいては来ません
ここにしおりを挟んで。ありがとうございました




