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とりあえず静養をいいことに、今日はこのまま部屋で過ごすことにしよう。
その間に少しでもいいから何か思い出せるといいな。
日記とか書いてる子だったのかな。
書いてたら......読みたい。
なんとなく人の日記を覗き見るような後ろめたさがあるけど、私も当人だし緊急時だから許してもらおう。
何と言っても彼女(?)の記憶は私の記憶だしね。
動き出すのは明日からとしても、記憶が戻らないときの為の情報の収集。これは急務だ。
今すぐ記憶が戻るならいいけど、戻らないならなんとかしないと。
「お嬢様、夕食はどうなさいます?」
「ここでいただくわ。後でお母様の時間が空いたら来ていただきたいと伝えて欲しいの」
「かしこまりました」
(さて、これから私は一世一代の大芝居を打つわよ)
やっぱり夕食も病人食とは思えない肉中心の献立。昼食も十分な量だったけど。
うーん、ここの人たちがこうなのか、私がそうだったのか迷うわぁ。
もし大食いが私だけだとしたら見た目とのギャップに悩むとこよねー
さっき起き上がって鏡を見たけど、私ってばすっごい美少女に転生してた。
将来、超絶美形のお母様にそっくりになりそうな予感の。
神様、アリガトー。それだけは感謝だわ。夢にまで見た美少女ライフ。
想像でも妄想でもない(一応)リアル体験。悪役令嬢でなければ輝かしい未来が待ってるけど。
しかし、サラサラの銀髪にアメジストの瞳の乙女ゲーの主人公はプレイしたことないし、悪役令嬢でも見た覚えはない。
悪役令嬢が主役の小説ならありな気もするけど。
でも悪役令嬢ってキャラでもなさそう。(希望的観測)
かと言ってモブっていうには、この美しさはもはや罪ってレベルでキャラたちすぎな感じもするし、とりあえず、この世界の顔面偏差値を見てから判断した方が良さそう。
そんなことをアレやコレやと考えてたらドアがノックされた。
『お母様ね』
「どうぞ」
「ディータ、どうしたの?」
(私の名前はディータっていうのか。初めて知った。やっぱり知らないキャラだ)
心配そうに部屋へ入ってきたお母様のもとへ、困惑と苦悩を込めた顔で
「お母様、私、記憶を失ったようです」
と、泣きながらお母様の胸に飛び込むはず だった。
実際は、『お母様———』より先には言葉が出なかった。
なぜなら、毛足の長い絨毯に足を取られて先ほど夕食を食べた時に出したテーブルの角に、嫌という程頭を打ち付けて昏倒したからだ。
「きゃー、ディータ。誰か、誰か来て」
(お母様、また心配させてゴメンなさい)
=== === ===
気がつけば、私が日本で暮らしていた(暮らそうとしてたか)マンションの一室で立ちすくんでいた。
頭の打った部分を触ると、ちょっと腫れてズキズキと痛んだ。
日本で生まれ育った生粋の日本人。名前は多田のぞみ。ごく普通の会社員。
歳は25か6歳になったところだろうか。記憶がそこで途切れているので曖昧だ。
20歳の時に両親を事故で亡くし、その後25歳まで実家で一人暮らしをしていた。
両親が亡くなった時、大学生だった私は、今更、親戚の世話になるような歳でもないし、親交のあった親戚は遠方だったのもあった。
その後、大学を卒業した私は機械の部品を扱う会社に就職し、ごく普通に事務系の会社員としてそれなりに生きてきた。
趣味はゲームや読書だったけど、浅く広くなんでもいけた。
アニメだって見たし、たまには推しと言われるキャラのグッズだって買った。
オタクかと言われればそうかもしれないし、そうでないと言えばそうなのだろうという間をフラフラしながら、25歳の時に『多分、結婚はしないと思う』となんとなーく決意して、実家を処分して駅前の新築マンションの購入を決めた。
住み慣れた思い出のある家と多少の愛着があった家具を処分する時は少し感傷的になったものだが、自分好みの家具を家具店で購入する頃には、新しい我が家に心が奪われていた。
そんな思い入れのあるマンションの一室に私は立っていた。
部屋の中央には一番のお気に入り、無垢の樫の一枚板で作ったテーブルが鎮座ましましてた。
『そういえば、引っ越し荷物の片付けでダンボールにつまづいてこのテーブルの角に思いっきりぶつかったんだよなぁ。それ以降の記憶がないってことは、そうなんだろうなぁ』
と、つい感傷的になってしまった。
(向こうの世界でもまた頭を打ったわけだが)
テーブルの脇には、その時につまづいたダンボールが堆く積まれていた。
なんとなーく私の勘がその中を開けてみろ。と言っていた。
もしかすると、あの貴族令嬢の方が夢の可能性もある。
あのダンボールを開けて中身を見れば、この混乱した状況が一掃されるかも。
そんなことを考えながらダンボールの箱に向かって歩き出した時、不意に手を引かれる感触がして後ろを振り返った。
ご来店ありがとうございます
主人公の前世の名前を入れ忘れてましたので、加筆してあります